『剣遊記[』 第六章 女戦士は元に還れる夢を見るか。 (8) 「では、いったっだっきまぁーーっす♡」
そんな周囲の不安と疑念と思惑が渦巻く中だった。もはや男性復帰しか頭にない孝治は、三枝子から譲り受けた布切れをためらわずに口に入れ、チューチューと吸い尽くした。
フェニックスとはいえ血の味は、やっぱり生臭い風味がした。
これでケガをしていたら、すぐに傷が消滅する。
病気ならばたちまち、熱が下がる場面であろう。
伝説にしろ噂にしろ、両方に共通している肝心な話は、とにかくフェニックスの血の効果が即効性である点にあった。
「どげんね? おれ、変わったやろっか?」
「う、う〜ん……?」
肉体的になにかが変化を起こした感覚をまるで感じないまま、とりあえず孝治は友美に尋ねてみた。しかし、もともと男性から女性に変わったときでも、友美は大した違和感を覚えなかったと言っていたのだ。これではなんとも、答えようがないっちゃよ――そんな顔をしていた。
「そうけぇ……それやったら!」
孝治はすぐに、遠賀川の畔{ほとり}まで走り、水面におのれの顔を映してみた。
「うわっち! これぞまさしく男ん顔……って、おれっていつ、サングラスばかけたっけ……って! うわっち! 先輩がいっしょに覗いてどげんすっとやぁ!」
左横からしゃしゃり出ていた荒生田をボコッと蹴飛ばし、孝治はもう一度、川面を覗き直した。
「うわっちぃーーっ! いっちょも変わっとらんやないけぇーーっ!」
水面に映っていた顔は、すでに自分自身で見慣れた髪の長い女戦士のモノだった。つまりが女性に転換している孝治の顔が、そのまんま。
「な、なしてねぇーーっ! フェニックスん血がニセもんやったっちゅうとねぇーーっ!」
このあまりにも強烈なる衝撃。孝治は川の水辺で両ひざをペタンと、ひざまずくようにして地面に落した。そこへすぐに、友美が彼女――孝治の右耳に声をかけた。その表情には、さも悪い予感が当たったとでも言いたげな色がありありだった。
「なんか……わたしの不安が的中しちゃった……みたいっちゃねぇ☁☢」 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |