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『剣遊記[』

第六章 女戦士は元に還れる夢を見るか。

     (11)

 そうと決めれば、行動は実に早かった。これも荒生田の取り得のひとつなのだ。

 

 サングラス😎の戦士は仰向けの体勢から、瞬発的にピョンと元通りに立ち上がり、裕志に向かって大声で叫んだ。

 

「ゆおーーっし! 裕志ぃっ! 焼却は中止ったぁーーい! またおまえん鼻血で、そん血が本モンかニセもんか調べるけねぇ!」

 

 ところが当の裕志は焚き火の炎に当たりながら、のんびり顔で応じるだけ。

 

「えっ? なんをですか?」

 

 これに荒生田が半ギレに近い感じで、裕志の所までドタドタと走り、後輩の頭をポカリと叩いた。

 

「あ痛っ!」

 

「ばやろい! おまえが持って帰ったフェニックスん血ばい! これが本モンっち証明できりゃあ、オレたちゃ一攫千金なんやけね!」

 

「でもぉ……もう全部燃やしちゃいましたよ✄」

 

「ぬぁにぃーーっ!」

 

 荒生田がサングラスを向ければ、裕志の足元では言われたとおりに枯れ草や枯れ枝がボウボウと燃やされ、清美と徳力もいっしょになって、呑気に暖をとっていた。こうなれば当然、その火の中には先ほど荒生田が命じたとおり、白い布切れの残骸も混じっていた。すでにほとんどが灰となっているけど。

 

 荒生田の顔面に、瞬く間に何本もの縦線が走った。

 

「て、てめえ〜〜、裕志ぃ〜〜☠ なして血ば焼いたとやあーーっ!」

 

「だ、だって……これは先輩が焼き捨てろっち……☢」

 

 裕志のこれほど真っ当な理論でも、荒生田のムチャクチャの前では、まったく通用しなかった。

 

「しゃあーーしぃーーっ! てめえが焼くんが早過ぎんじゃあーーい!」

 

「ひええっ!」

 

 怒り心頭の荒生田が今にも飛びかかりそうになり、裕志が慌てて、亀のように首を引っ込めた。だけど、実際に襲いかかろうとしたサングラス戦士の鎧の襟首を、孝治はうしろから、ガシッと右手でつかんで止めた。

 

「……せ・ん・ぱ・い……☠」

 

 振り返った荒生田に、孝治は思いっきりの笑顔――それもかなり引きつり気味――を見せつけてあげた。ついでだが、あとで友美から聞いた話。このとき孝治は、顔面が怒りの青筋でいっぱいだったという。

 

「……ど、どげんしたとね、孝治ちゃん……っち、もしかして……怒ってんの?」

 

 荒生田の顔面が、今度はみるみると青ざめていった。

 

 孝治はやはり(引きつった)笑顔で返事をしてやった。

 

「はい、怒っちょります☺ 先輩が今回の冒険に無理矢理同行した理由は、これやったんですね☻♨」

 

 荒生田が無言で、コクリとうなずいた。このときの孝治もまた、満面に笑みを浮かべていながら、その瞳はやはりまったく笑っていなかったという。これも友美の証言で。

 

 ここにはもはや、先輩と後輩の上下関係はなかった。あるものは悪事がバレてオタオタしている者と、はらわたが煮えくりかえって、グラグラと沸騰寸前の者の二種類だけ。

 

 こうなれば、荒生田に残された道は、ただひとつ。

 

「こらあかん、裕志ぃ! 逃げるが勝ちじゃあーーい!」

 

「合点でぇーーっす! 先ぱぁーーい!」

 

 孝治の右手を強引に振り切って、荒生田が裕志を連れ、脱兎のごとく逃走した。

 

「うわっち! こん野郎ぉ! 待ちゃあがれぇ!」

 

 負けじと孝治も、ふたりを追い駆けた。この三人の行く先は、もう誰にもわからなかった。


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