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『剣遊記V』

第三章 夜の酒場の出来事。

     (7)

 なんだか腑に落ちない気持ちのまま、孝治は秀正と別れ、未来亭に帰り着いた。

 

 酒がけっこう入っているはずなのに、まったく酔っていない気分もそのまま。

 

 ところが未来亭の正面入り口では、友美と涼子が孝治を待ち受けていた。しかもいきなり、訳のわからない叱咤を孝治は友美からお見舞いされるという、急な話の展開となった。

 

「いったいどこ行っとったとね! 店長から孝治ば捜すよう言われとったんやけね!」

 

「うわっち! て、店長がおればお呼びって?」

 

「そうっちゃよ!」

 

 友美はかなりの剣幕なのだが、孝治には黒崎が自分を呼ぶ理由が、いまいちピンとこなかった。そんな友美とは違って、涼子はさもうれしそうな顔をしていた。

 

『いいからいいから、早よ来なさいって♡』

 

「な、なんねぇ☁ そげんニコニコしてからにぃ?」

 

 友美とはまったく対照的である涼子の態度に、孝治はもはや、なにがなんだかわからない気持ち。それでも涼子は、ご機嫌の極みにいた。

 

『だってぇ、いよいよあたしの念願が叶うとやけぇ♡』

 

「ねんがん?」

 

 いまだ話の見えない孝治は、ただでさえ少なかった酔いの気分を、これにて完全に醒ますこととなった。それはとにかく真顔になって、孝治は友美に改めて尋ねてみた。

 

「いったい店長から、なんの話があったとや? やっぱ涼子も関係することけ?」

 

「そうとも言えるっちゃね☟」

 

 孝治の右手を両手でつかんで店内に引き込みながら、友美が答えてくれた。ちなみに三人が足を向けている先は、二階へ上がる階段だった。

 

「実は衛兵隊から未来亭に、怪盗事件捜査の協力依頼があったと♠ やけん在籍してる戦士や魔術師なんかを応援に出してほしいって☏ つまり、わたしたちで怪盗ば捕まえていいってわけたい♐」

 

 友美の答えを聞いて、孝治はようやく、こんがらがった糸がほどけた気持ちになった。

 

「そうけぇ……捜査依頼っちゃね☆」

 

「あら? あんまし驚いちょらんみたいやけど?」

 

 逆に不思議なモノを見たような瞳になった友美に、孝治はふふんと、鼻で笑うような感じで応じてやった。

 

「ま、まあね☺ なんとなく心当たりがあったもんやけ✌」

 

「ふぅ〜ん✍」

 

 友美は友美で、なぜかそれ以上突っ込んではこなかった。しかし突然ともいえる衛兵隊の意趣返しは孝治にとって、ある程度の予測が着いていたのだ。

 

 なにしろ、たった今そのタネを蒔いた張本人のひとりが自分自身――という自覚があるものだから。

 

 ただし、大門隊長からの依頼が予想よりもかなり早目であった話の展開は、正直驚きであった。

 

(隊長のおっさん、おれが思うちょったよりもずっと、臨機応変なお人なんやねぇ♥)

 

 それでもただひとつ、このような展開を導いた最大の功績者――酒屋にいた謎の老人の正体だけは、いまだわからず終いのままとなっているのだが。


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