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『剣遊記V』

第四章 大捜査線開幕!

     (1)

 孝治と友美のふたりは未来亭の三階、三百二十一号室を、ひさしぶりに訪問した。

 

 三百二十一号室には南九州霧島山での決死の戦いをともにした魔術師――天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}と愛弟子である高塔千秋{たかとう ちあき}が、現在間借りをして暮している、言わば根城である。

 

 しかし本音で言えば、孝治はこの部屋への訪問が、やや億劫気味だった。その理由は霧島での旅のとき、美奈子と嘘の吐きっこをやらかした記憶が、今でも心の奥底に引っ掛かっているからだ。

 

「もう、そげなん、ずっと昔の話やない♦」

 

「う……うん……☁」

 

 割と淡泊な性格である友美から両手で背中を押され、孝治はドアの前に立つには立ってみた。だけど未来亭専属の魔術師が美奈子以外全員出払ってさえいなければ、孝治は恐らく、ここには来なかったはずであった。

 

(裕志がおったら、こげん悩まずに済んだっちゃけどねぇ……☠)

 

 などと今さら愚痴ってみたところで、孝治と同期の桜である魔術師の裕志は、現在遠方での旅の真っ最中。すでに前記しているが、先輩の荒生田に引き連れられて――である。しかし怪盗団の捜査には実力のある魔術師の協力が、なんとしてでも必要不可欠なのだ。しかもこれは、店長である黒崎からの指示でもあった。

 

 なお、友美も美奈子と同業の魔術師である。でも人数は、できるだけ大勢のほうが良いに決まっている。そのためか美奈子への協力要請には、友美は孝治以上に積極的な態度でいた。

 

「まっ……入ってみるっちゃね……☁」

 

 その友美が言うとおり、心への引っ掛かりをずっと大昔の話として、孝治は部屋のドアを三回ノックした。

 

 一応、深呼吸も三回繰り返し、心の準備を整えてから。

 

「こ、こんにちわぁ! 鞘ヶ谷孝治なんやけどぉ……天籟寺美奈子さん、いますけぇ?」

 

 もろに緊張感丸出しの口調。だが、中からの応答はなかった。

 

「留守やったら、あとにしよっか☻」

 

 半分ほっとした気持ちで、孝治は踵を返そうとした。そこへ友美が、ドアの横の壁にある貼り紙に目を付けた。

 

「ちょい待ち。ここになんか貼っとうばい☞」

 

「あっ、ほんなこつ☏」

 

 これはドアから右側に大きく外れた所ではなく、真正面にわかりやすく貼ってあれば、孝治もいの一番に気がつくはず。要するに、いまいち気の利かない表示の仕方なのだ。

 

 それはとにかく、友美が貼り紙に顔を近づけ、書かれてある文章を読んでくれた。

 

「……『御用のある方は中でお待ちください♡』やて✑」

 

 孝治は半分、呆れる気分となった。

 

「まるで『何でも相談室』っちゃね✄ それはよかっちゃけど、これは千秋の字ばいね☞ あんまし上手やなかけ☠」

 

「とにかく許可されとるんやけ、入って待たせてもらうっちゃよ☀」

 

 孝治とは反対で、友美はどこまでも強気。魔術でドアノブがふつうの状態――つまりトラップ{罠}関係はなし。ついでに無施錠であるのを確かめると(不用心かつ無防備過ぎ)、自分から先に三百二十一号室へ入室。そのあとから孝治も、恐る恐るの及び腰で友美に続いた。


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