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『剣遊記V』

第三章 夜の酒場の出来事。

     (6)

「行っちゃった……ばい……☁」

 

 まるで台風一過のような気持ちで、孝治はボソリと口を開いた。しかし秀正のほうは、違う反応を示していた。

 

「ああ……でもおれ、あの大門って隊長を、ちょこっと見直したっちゃね♠」

 

 いまだ呆然に近い心境の孝治とは異なり、まともに大門の矛先を受けなかったためであろう。秀正は、かなりの感心気味でいた。

 

「初めにひと目見て、そーとー頑固な石頭っち思うたっちゃけど、けっこう柔軟なとこもあるみたいっちゃねぇ☞ なしてっちゅうたら、お年寄りの話に真面目に耳ば貸すなんち、ふつうのおエラいさんやったら、絶対せんことやけね✌」

 

「なるほど、そういうもんっちゃねぇ✍」

 

 孝治も秀正の言葉にうなずいた。

 

「そう言や、ほんなこつそうっちゃねぇ☆ ほんと、大したおじいちゃ……うわっち! あれぇ?」

 

 黒頭巾の老人に、孝治は改めていろいろ尋ねてみようと思った。ところが振り向いてみればいつの間にやら、その姿が消え失せていた。

 

 初めて現われたときと同様。気配どころか空気の振動すら感じさせないうちに――である。

 

 おまけに大門が店から出る姿は、確かにずっと見ていた。だが老人が席を離れて店外に出る姿――および物音すら、まったく見覚えも聞き覚えもなかった。

 

「ひ、秀正ぁ……☂」

 

「こ、孝治ぃ……☃」

 

 孝治も秀正も、そろって顔色が青ざめた。

 

「お、おれたち……夢でも見とったんやろっか……?」

 

「大門隊長も、夢やっち言うとねぇ……☠」

 

 おまけに両者とも、声まで裏返り。

 

「と、とにかく……きょうは、もう帰ろっか☢」

 

「そ、そうっちゃね……☢」

 

 お開きでビールを一気飲みする孝治と秀正。だけどももはや、お互いとても酔っぱらう気持ちには、到底なれなかった。


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