『剣遊記V』 第三章 夜の酒場の出来事。 (5) 「……見事ですじゃ✐」
恐らく――さらに心底から称賛をしている証明であろうか。謎の老人が、いかにも惚れ惚れを感じさせる口調で、大門への質問を繰り返した。
「これほどの名刀を家宝とされるからには、大門家とやらは、さぞ高貴なお家柄なのでございましょう。それでやはり、現在の地位も、そのご縁でございますか?」
(このおじいちゃん、変なこと訊きようばいねぇ✍)
端で聞いている孝治はだんだんと、老人に不審な気持ちを抱くようになってきた。しかし散々誉めちぎられて、気分も満更でもないのだろう。当の大門には、まったく激高する様子はなし。むしろ口元に、はっきりと笑みさえ浮かべていた。
「ま、まあ、そのとおりだ✌」
やはりなんの疑問も感じさせない様子のまま、大門が老人に答えた。
「父の縁で着任をした衛兵隊長の地位ではあるが、正直に言って、重荷に感じることもあるわ♞」
ふだんであれば、口が裂けても言わない、弱音に近い心情の吐露であろうか。これには端で聞いている孝治のほうこそ、大いに驚いたものだ。
(あっちゃあ〜〜、この隊長さん、意外にナーバスなとこがあるっちゃねぇ♫)
もちろん孝治の内心ビックリなど、知るはずもなし。老人が淡々とした口調で、大門に新たな話題をふっかけた。
「確かに着任早々、例の怪盗騒ぎもございますし、一週間以内での解決も、まったくメドが立っておりませんからなぁ」
この老人のセリフにも、孝治は大きな驚きを感じた。
(なしてこのおじいちゃんが、隊長の公約ば知っとうとや?)
しかし当の大門は、この超怪しさを、やはりまったく気にする風でもなし。それどころか顔全体に満面の苦笑を浮かべ、うんうんと老人にうなずいた。
「それも言葉のあやというやつだな☻ もっともこの言葉の責任を取る覚悟は、とっくにできておるがな☢」
「するとあなた様は、現在の地位と名誉に、特に執着しているわけではない……これが本心ですかな?」
「そのとおりだ☝」
この問答はヘタをすれば、大門のまさに逆鱗もの。それこそ名刀虎徹で一刀の元に斬り捨てられても、一向におかしくない事態ともいえるだろう。
しかし、ある意味無茶で無謀な発言を続ける老人に対し、大門はまったく手を出そうとはしなかった。また孝治もある意味驚嘆の思いで、老人の素顔をなんとか覗き込もうと、改めて大門のうしろから見つめ直していた。
だけど相変わらずの黒い頭巾に深く覆われ、その風貌も表情も、まるでわからないままだった。
いったい、この老人の話術が巧みなのか。それとも大門が、もともと高齢者に寛容な性格なのだろうか。老人の言葉は続いた。
「そこまで割り切っておられるのでしたら、怪盗団の捜査に他者の力添えを受けても、面目が潰れるわけではないのではございませぬかな? これを逆に申せば、状況判断と臨機応変力に優れているとも言えますし」
初めは黙って、老人の話を聞いていた大門であった。それがポンと、急に両手を打ち鳴らした。
「……なるほどぉ……そういう考えもできるな☀」
これは一種の盲点だったのだろうか。老人からの提案ともいえそうな問いかけに、衛兵隊長ともあろう男が、さらに深いうなずきで返していた。
「う〜〜むぅ……✎」
このあと、しばしの思案に入ったらしい。端から見ても、大門が頭の中でいろいろと考えを巡らせている様子が、一目瞭然。おかげで酒屋の雰囲気そのものまでが、長い沈黙に支配された。
こんな空気を孝治は、息苦しいっちゃねぇ――と考えた。ところがそこで、大門がいきなり椅子から立ち上がった。それからカウンターの上に、二枚の金貨をドンと置いた。
「ご老人! 大変良い話を聞かせてもらった! 親父っ! 勘定はここに置いとくぞ!」
そのついでなのだろうか。孝治と秀正にも振り向いた。
「小娘っ! お主がおる未来亭には、いろんな戦士や魔術師がおると聞くが、それに相違はないな!」
口調はもろに威圧的。これに心の準備ができていなかった孝治は、瞳を大きく開いた気持ち。頭をガクガクと、上下に振る動作しか行なえなかった。
「うわっち! は、はい……そ、そんとおりで!」
それでも大門は、やはりまったくのお構いなし。
「そうか! それでは腕の立つ魔術師はおるのか?」
「うわっち! そ、そうですねぇ……☁」
二度目の問いで、孝治の頭に現在帰店中と先輩の帆柱から聞いている、美奈子の顔が浮かんだ。そこでやっぱり、頭の上下運動の繰り返し。つまり『いるよ☆』と言いたかったのだが、これは声にはならなかった。
しかし大門は、きちんと理解をしてくれた――ようだ。
「よしっ! わかった!」
はっきりと言わせてもらえば、なにがいったい『わかった』のだろうか。孝治にはいまいち理解の及ばない話。しかし孝治の中途半端なうなずきだけで、大門は満足をしたらしい。
「では、お先に! これにて御免!」
もはや一礼はおろか、店内の面々に振り返る素振りすらなし。大門が酒屋から飛び出していった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |