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『剣遊記V』

第三章 夜の酒場の出来事。

     (2)

「なあ、秀正……☘」

 

 孝治は並み並みとビールが注がれているコップを見つめながら、哀愁を込めたつもりで、秀正にささやいた。

 

「おまえなぁ……☙」

 

「おれがどげんかしたとや?」

 

 秀正は逆に心配そうな顔になって、孝治を横から覗いてくれた。ついでに気を落ち着かせるためか、ビールを一杯、一気に飲み干しながらで。

 

 そんな秀正に、孝治はひと言。ズバリと言ってやった。

 

「おまえ……幸せけ?」

 

「ぶうっ!」

 

 秀正が口に含んでいたビールを、(定番で)一気に噴き出した。さらに当然ながら、孝治への返事も、かなり泡を喰った感じになっていた。

 

「そ、そりゃ、まあ……世間一般的標準で見りゃあ……やっぱ幸せなんやろ……うなぁ、たぶん☁ もうすぐ子供だって産まれるんやけ……☀」

 

 しかし孝治は、秀正の動揺丸出しである返事を、聞かないふり。それどころか、再度秀正に尋ね直すだけだった。

 

「なあ……おれって……☃」

 

「今度はなんね?」

 

 こげんなったらなんでも、矢でも鉄砲でも持って来んね――の感じで、秀正が身構えた。ついでに用心のため(?)か、ビールの入ったコップもテーブルに置いていた。

 

 そんな秀正を見つめつつ、孝治は再び、ボソリ気味の口調でささやいた。

 

「……おれって……もしかして……赤ちゃん産めるとやろっか……?」

 

 秀正が椅子ごと、ドテェッッと床に引っくりこけた。それからすぐに立ち上がったものの、声は完全に裏返っていた。

 

「な、な、な、なん言うかっち思うたら、言うに事欠いてそれねぇ!」

 

 そのあとの文句が、もはや出てこないほどの狼狽ぶり。

 

 孝治は思った。秀正は親友が女性に性転換をしたからっちゅうて、友人としての付き合い方ば、まったく変えとらんっちゃね――と。

 

 確かに女性化した孝治と初お目見えしたときには、ついナンパをしかけた前科もあった。それは今にして思えば、孝治にとって男から手を出されかけたという、おぞましい記憶なのだが。

 

 とにかくその日以降、秀正は孝治を女性だと実感――裸も見せたし――するような素振りはあっても、異性の対象として扱う真似だけは、今のところ一回もなし。そのように思うと、友人を結婚済みにしてくれた神へのまさに感謝であり、なによりも秀正の愛妻律子に、感謝感謝を連呼するべきであろう。

 

 それでも一応、孝治の爆弾●〜*発言である。これは恐らく、秀正の心情を根底から揺るがせるのに、充分すぎるほどのパワーがあったのではなかろうか。

 

「お、おまえなぁ……熱でもあんのけ?」

 

 そう言う自分自身こそ、急激に熱が上がったようだ。額から流れ落ちる冷や汗を頭のタオルで拭き、服に付いた埃を両手で掃いながら、秀正がよろよろと床から立ち上がった。

 

 これで第三者の登場がなければ、もう二言三言の文句があったかもしれない。しかしそこへ、新しい客が酒屋に入店。この件はこれにて一応お開きとなり、秀正が椅子に座り直した。


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