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『剣遊記15』

第七章 日本に向かって宜候{よーそろー}!

     (9)

 プラスチック製に見えていたピンクの公園ベンチは、物の三十秒たらずで、人間の形体へと変化した。

 

 もちろんベンチは、ホムンクルスである秋恵の変身であったのだ。

 

「話ば全部聞いてましたばい♐」

 

 ベンチから人に戻った(?)秋恵は、すでになにもかも承知のような顔となっていた。

 

「蟹礼座さん、悪い一味と関わるような人やったとばいねぇ

 

「そうじゃ☢ わしに失望したかいのぉ☁」

 

 蟹礼座はあえてのつもりか、秋恵の言葉に、淡々とした感じで答えた。その口調も、どこか自嘲的だった。

 

「わしゃあ、おまんらが思うとうほどの二枚目じゃあないけんのぉ☻ これから先も、陽{ひ}の当たらん陰の道でしか生きていけん人間じゃあ

 

「そがいなことなかばってん!」

 

 秋恵が飛びつくようにして、蟹礼座の真正面から抱きついた。

 

「このあたしかて、ホムンクルスでありながらみんなの助けもあって、こがいしてよーけ陽の下で堂々と生きよっとたい! やきー、あたしにできるこつ、蟹礼座さんにできんこつなか!」

 

「そうとも言えそうじゃのぉ♐」

 

 抱きついた秋恵に振り向かず、上を向いたままで、蟹礼座が深いため息を洩らした。

 

「秋恵ちゃんみたいな小娘にできて、このわしにできん、っちゅうのも変な話じゃのぉ と言うわけじゃ、孝治さんとか言うたのぉ

 

 秋恵には目を合わせないまま、蟹礼座が孝治のほうに顔を向けた。

 

「うわっち! はい!」

 

 いきなり話を振られたので、孝治は思わず直立不動となった。それには構わないで、蟹礼座が続けた。

 

「このわしに、就職の世話をしてくれんかのぉ☻ 組織が潰れてしもうたら、考えてみたらわしは仕事がどーしょんならんぐらい無いんじゃあ☻♋ 実際、この先なにしょんのか、ちぃたぁもわからんのじゃけぇ

 

「わ、わかりました なんか心当たりば探してみますけ♣♠

 

 とりあえず気を取り直した孝治は一応自信あり気に答えて、自分の胸を右手で軽く叩いた。もちろん航海中ずっと通してきた、ビキニ着用中の胸に――である。

 

 ついでに孝治は、秋恵のほうにも顔を向けた。それから蟹礼座がとうとうひと目もくれなかった彼女へ、ひと言ささやいてやった。

 

「で、わかったけ、秋恵ちゃんも早よ服ば着てきんしゃい☠ 蟹礼座さんがどこば見ていいのか、そーとー困っとうけ☢」

 

「きゃっ!」

 

 ここまで言われて、秋恵もやっと気づいた感じ。今さら言うまでもなく、ベンチから人の姿に戻った秋恵は、恒例の黄金パターンで、マッパの格好となっていた。

 

 もはや孝治も蟹礼座も、それを指摘する気にもならず、秋恵自身が気づくまで待っていたようなもの。

 

「す、すんましぇ〜〜ん!」

 

 秋恵は大慌てとなって、真っ裸のまま、近くにある樹木の茂みに飛び込んだ。元より衣服など(今は水着しか無いが)初めっから用意もしていないので、けっきょく体のかたちを変えて裸をごまかすしか、他に方法はないだろう。

 

 その秋恵が逃げる様子に、ようやくの感じで目を向けて(一応紳士らしく、あくまでも彼女の背中だけ?)、蟹礼座が孝治相手にささやいてくれた。

 

「彼女、まだまだ子供んようじゃのぉ いつぃあんなんか?

 

 孝治も苦笑で答えるしかなかった。

 

「はい……いつもあんなんです☻ でも蟹礼座さんは大人ですねぇ 真っ裸の秋恵ちゃんば見らんようにしちょったとは言え、見事冷静ば貫いたとですから♋

 

「ま、まあじゃな……☻」

 

 今ごろになって少し、蟹礼座の顔が赤くなり始めていた。


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