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『剣遊記15』

第七章 日本に向かって宜候{よーそろー}!

     (8)

 話はとんとん拍子で進む。殿下かお坊ちゃんかはもうどうでもよいが、ラスボスの白状は、次のような内容だった。

 

 早い話、初めっから特典ありありの富クジで旅行希望者を集め、用意した船舶で太平洋一周のクルージング航海に旅立たせる。実はこの大型帆船の船倉に海外への密輸品(金塊や宝石などらしい)を隠しているのだが、一般の観光船を装っておけば、ほとんどの臨検も、フリーパス同様に航海を続けられる――と言うわけ。

 

「ワシモソンナ荷物ヲ積マレトッタトハ、全然知ランカッタノォ」

 

 この悪だくみは当の大型帆船――ラブラドール・レトリーバー号にも内緒にしてあったのだ。大した秘密保持である。

 

 さらに今さらどうでもよい話の繰り返しであるが、広島貴族であるお坊ちゃんの名前は、雪大果{ゆきおおか}と言うらしい。本当にどうでもよい本名であるが。

 

 さて、今やボロボロの廃墟――と言うより古戦場跡と称したほうが適切な現場では、ハワイの衛兵隊による検証が、長い時間に渡って続けられていた。その現場検証を眺められる小高い丘の上で、なぜか孝治と蟹礼座がピンク色のベンチに、アベックで腰掛けていた。孝治はここで、山ほどある疑問のひとつについて、蟹礼座に尋ねてみた。

 

「で、蟹礼座さん、あんたの正体はほんなこつ、いったい何モンなんね?」

 

「わしゃあ、ただの遭難者じゃがのぉ

 

 孝治に答える蟹礼座の格好は、全身頭のてっぺんから足のつま先まで、見事に包帯でグルグル巻きとなっていた。これまた早い話が、ミイラ男。つくづくグルグル巻きにされる状態のお好きなお方である。それでもベッドで絶対安静――というわけでもなく、ふつうに野外に出ているところが、これまた凄いけど。

 

 孝治はそんな彼の現在の状況は不問にして、とにかく質問を続けた。

 

「嘘言んしゃい、ただの遭難者がこげんいろいろな騒動ば起こすわけなかやろが もっとも遭難者の発見と救助が、けっきょく事件の呼び水っちゅうのは、ようある話っちゃけどね☻☠

 

「ははっ……そうじゃのう☻」

 

 蟹礼座はうっすらとした笑みを浮かべてくれた。孝治に向けて。

 

「中年のおっさんの笑顔っちゅうのは、はっきし言うて気色悪かばい☠」

 

 孝治はそれこそ、はっきりと言ってやった。それはとにかくとして、蟹礼座のほうも、まったく懲りていない感じを続けていた。

 

「もう白状してもええタイミングっち思うとうけ、一切合切しゃべってやるけのぉ☻ これ以上ええとこずきしてもしょうないけん☠ わしゃあワルじゃけんのぉ、おぬしらが思うちょうとおりの、わしゃあやつらとは同じ穴のムジナで、今度の密輸も、わしがかなり考えたんじゃあ☢ まあけっきょく、それで仲間割れしてのぉ、わしゃああいつらとは再び会わんよう、船で日本から逃げ出したんじゃが、あいにくで船が小そうて嵐に遭{お}うて遭難したもんじゃけぇ、南の名も無{ね}え島に流されたっちゅうわけじゃあ⛐⛔ まあ初めは密輸の場に決めとったグアムじゃのうて、ほっとしとったんじゃが、まさかハワイに変更しちょったとは、さすがのわしも知らんかったんじゃあ♋☻

 

「それっち、よう聞く逃亡話やねぇ✐ それで嵐がトラウマでもなって、船ですぐ酔うようになったとかやろっか☻☠」

 

「ははっ……そうじゃろうなぁ☢☻」

 

 蟹礼座が自嘲的笑顔を浮かべた。孝治としても、これ以上その件で突っ込む気にはならなかった。ただしふたりの会話が、ややシラけムードになったりもする。

 

「で、この手の話の定番で、組織から雲隠れするつもりで失敗したもんやけ、けっきょくこれも定番の遭難者になった、っちゅうわけっちゃね それで助けたんが、なんも知らんで密輸の片棒ばかつがされちょったおれたちっちゅうのが、また運命……っちゅうより、偶然ば装ったご都合主……これば言うたら元も子もなかっちゃけど、とにかくおれたちラブラドール・レトリーバー号っちゅうことけ ほんなこつ、ええ話ばい☠☻ まあ、悪の黒幕も退治できたことやし、おれたちかてもう、この話に関わる気はなかっちゃよ✄ それよかねぇ……

 

「それよかじゃと?」

 

 孝治の言葉尻に、ここで初めて蟹礼座が、聞く耳を持つような態度にでた。孝治はすかさずに言い切ってやった。

 

「実はこの場に秋恵ちゃんもおるとやけど、この子にお別れの挨拶のひとつくらい、言うてやってもええっち思うとやけどねぇ♐」

 

「なんじゃと?」

 

 けっこう勘が良さそうに見えていた蟹礼座も、今の孝治の言葉には、なんだかとまどっている様子。周辺をキョロキョロと見回した。そのおどけた姿に噴き出したい気持ちを抑えつつ、孝治は自分が座っているピンク色のベンチを、右手でチョンチョンと指差してやった。

 

「これが秋恵ちゃんやけ、ずっといっしょにおったとばい☻」

 

「あっ……そうだったんかぁ♋」

 

 すぐに蟹礼座も納得してくれた。なぜならピンク色の幅1.5メートルくらいはある、表面がプラスチック製に見えていたそのピンクベンチが、孝治と蟹礼座の見ている前でゴニョゴニョと、まるで粘土のように自分でかたちを変え始めたからだ。


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