『剣遊記15』 第七章 日本に向かって宜候{よーそろー}! (3) とにかく扉は開いた。だが、両側に開いたドアにくっ付いていた桃色タペストリー――秋恵の体が両側から引っ張られるかたちとなり、ついには半分の所から、ビリッとふたつに破れてしまった。
「きゃっ!」
「うわっち!」
『大丈夫っ!』
友美と孝治と――それと涼子が、思わずの悲鳴を上げた。しかし美奈子と千秋・千夏の姉妹は、平気の顔をしていた(千秋以外には涼子の声は、まだ聞こえていないはず)。
「なんも案ずることありまへんで☺ 見てみなはれや☛」
その美奈子が冷静な口調で、ふたつに破れて床に落ちたピンクのタペストリーを、右手で指差した。
「うわっち?」
孝治と友美と涼子の三人はそろって、床にあるふたつのピンクタペストリーに瞳を向けた。見れば、二枚に引きちぎられているタペストリーがお互いに自分から近づき合って、そのまま融合。わずか一秒もかからずして一枚となり、それがさらに空気を取り込んでであろうか、膨張を開始。あっという間に、元のジャンボカボチャ大のピンクボールに戻っていった。
「……☁」
孝治はまだ呆然が続いていた。だけど友美のほうは立ち直りが早く、すぐに苦笑気味の口調となっていた。
「秋恵ちゃん、この丸いまんまで、また活躍するみたいっちゃね☺☻」
涼子も友美に同感した。
『なんせ、元に戻ったら真っ裸なんやけ、今さら男ばっかが待ち構えとう前じゃ無理っちゅうもんばい☻☢』
「涼子がそれば言うたら、違和感満載ばい☠」
ようやく立ち直った孝治は、透明幽霊娘――涼子にひと言つぶやいてやった。同時に右手でこそっと、前のほうを指差した。指で人を差す行為は失礼なので、小さくそっと――である。
「で、涼子と秋恵ちゃん以上に男ばっかが待ち構えとっても平気なんが、あの人やね☛☛」
「そうなんよねぇ〜〜☻✋」
『孝治と友美ちゃんに、それば言う資格あるとね?』
「「そうっちゃねぇ〜〜☠☻」」
涼子から突っ込まれ、前方に顔を向けている孝治と友美が、そろって再びの苦笑顔となった。とにかく孝治の指の先には、もはや今回のストーリーでは最後まで超マイクロビキニ姿を貫くつもりであろう美奈子がいた。無論美奈子の格好をうしろから見れば、少々の黒い紐がある程度の、ほぼ完全マッパ姿である。もっともそれを言うなら、孝治と友美もビキニ姿のままなのだ。
そんな美奈子のさらに前には、これまた数人の男どもがいた。ただし彼らは見た目に一発でわかるほどの下っ端丸出し風情で、扉を開けて殴り込みをかけてきた孝治と美奈子たちの剣幕に、完全にビビり上がっている状態となっていた。
その数、正確に数えて十一人。どうやら彼らだけが、部屋に取り残されていたようだ。孝治は早速で、彼らを問い詰めてやった。
「あんたら親分から見捨てられたんやけ、で、逃げた親分と人質になっとう人は、いったいどこ行ったとや?」
「は、はい……☠」
下っ端Aが、一番に口を開いた。見ていて気の毒に思えるほどのビビりようであった。
「で、殿下は……隣りの部屋に逃げました……☁」
震えながら下っ端Aが、左手で部屋の左側を指差した。だがそれよりも孝治は――いや、美奈子や友美も恐らくであろう。下っ端Aの思いもかけなかった言葉尻を、さっさと拾わないといけない気持ちになっていた。
「で、でんか……?」
「それはまた、けったいな親分はんの呼び方でんなぁ⛐」
孝治もその気分だけど、さすがの美奈子も瞳を真ん丸にしていた。孝治はすぐに、下っ端どもに訊いてみた。
「ちょっと気になること言うっちゃねぇ♐ それってどげんことね?」
すると今度は、下っ端Aの右にいる下っ端Bが答えてくれた。
「へ、へい……いや、ただ単にその方が日本では貴族階級らしいけぇ、おれたちもそう言う風に言いよっただけげなぁ✐ 特に理由はあらせんのじゃあ✋✃」
「ふぅ〜ん、そうけぇ☕」
とにかく気になる言葉ではあった。しかし孝治も、これ以上のツッコミはやめにした。今はそれよりも、もっと大事な件があるからだ。
「で、人質ん人も、そん殿下っちゅう人といっしょね☹」
「「「「「「「「「「「は、はい!」」」」」」」」」」」
この孝治の問いには、もうAもBも関係なし。十一人全員が一斉にうなずいた。この期に及んでの嘘偽りなど、もはや一切無さそうだ。
「ほな、行きまっせぇ!」
美奈子の掛け声で、全員が左側の部屋へと猛ダッシュ。秋恵も丸いボール姿のまま、美奈子や孝治たち並んで、ゴロゴロと転がった。これにてとにかく、美奈子の脅威からある意味見逃されたわけなので、この下っ端十一人衆は、史上最高の幸せ者と言えそうだ。 (C)2018 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |