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『剣遊記15』

第七章 日本に向かって宜候{よーそろー}!

     (12)

「なんか、寄り道ばっかでおれたちいったい、どこば旅しよったんかねぇ?」

 

孝治は夕日が沈みかけている水平線の先を眺めながら、大きな深呼吸混じりでつぶやいた。

 

 現在ラブラドール・レトリーバー号は、早くも東シナ海まで達し、目指す九州は目と鼻の先になっていた。

 

 自動帆船の足の速さはとにかくとして、まさに思い返してみれば、不思議以前に理由がはっきりとわからない航海であった。考えてみればなんの必要性も緊急性も無いのに、言わば付き合わされて始まった、今回の冒険である。これで得たモノは、いったいなにがあるであろうか。

 

「なんも無かっちゃねぇ〜〜☻☹」

 

 孝治は二度目の深い息を吐いた。ここで現在を繰り返すが、船の左舷側で夕日を眺める孝治の周囲には、今回の変な航海に参加したメンバーが、一応ほぼ出そろっていた。

 

 孝治の右に友美と涼子。左に千夏、千秋、秋恵の順で(左右ともに、孝治に近い順)。

 

「今んまんま順調に進めば、あしたには北九州に帰れるっちゃねぇ☕⛴

 

 孝治の何気ないつぶやきに、友美が応えてくれた。

 

「まあ、今度こそなんもない海ん上やけ、支障さえ無ければそんとおりっちゃね⛐⛑

 

 心なしかの感じであるが、友美の声音にも、疲れの様子が色濃くにじみ出ていた。

 

「でもやっぱ、楽しかったばいねぇ♥」

 

「ほんとほんとですうぅぅぅ☆☀☀」

 

 一同あまり会話が弾まない中、秋恵と千夏だけはまだまだエネルギーが余っていると言わんばかりに、声のオクターブは高かった。

 

 孝治は少しだけ気になって、夕日を見て喜んでいる(ような感じの)秋恵に尋ねてみた。

 

「秋恵ちゃん、ええと? 蟹礼座さんとあっさり別ん方向になってしもうて……なんちゅうか、寂しゅうなかね?」

 

 秋恵は快活に答えてくれた。

 

「そやかて、あの人とあたしは、もともと住む世界がいじくそ違う人ばってん、あたしには高いとこに咲く花みたいな人やったんばい☻ やきー、もういいとよ

 

「そげん言うたら、そうとも言えるけねぇ✍」

 

 孝治はそれ以上、深く突っ込まなかった。なぜならわざとらしいくらいに明るく答える秋恵の両方の瞳に、なんだかうっすらとにじむモノが見えたからだ。

 

「皆はん、こないな場所でなにしてまんのや?」

 

「うわっち!」

 

 そこへ今や恒例とも言うべき、美奈子の声が背後から聞こえてきた。予告や脈絡の無い登場ぶりは、付き合いを始めてから現在に至るまで、相変わらずのパターンとして健在である。

 

「あとひと晩ゆっくり睡眠すれば、あしたの朝にはもう母港に帰っておますんやで そやさかい、それまでもう、なんもすることあらへんのや

 

「そうなるとこの船は、いったいどげんなるとですか?」

 

 友美もうしろに振り返りながら、美奈子に尋ねていた。

 

「そうっちゃね、おれもそれば訊きたか✍」

 

 孝治も関心は同じである。なにしろらぶちゃんことラブラドール・レトリーバー号は、今や持ち主だった者――船主(逮捕拘留中)を失い、所有者不在の流浪の船を化しているからだ。これはヘタをすれば、廃船の危機と言える状態なのかもしれない。

 

 ところが友美の質問に、美奈子はふふんと鼻息も軽く答えるだけだった。


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