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『剣遊記番外編V』

第三章 悪魔がやってくる。

     (7)

「ごげべぇっ!」

 

 カモシカに変身した美香の体当たり兼頭突きは、真にもって強烈だった。おまけに変身しても女だと思ったのだろう。美香を舐めて飛びかかろうとした男(黒タオル)の股間へ、もろに手加減なし――いや、体加減なしで、ボゴッとまともに全身正面衝突をブチかました。

 

「ぎょええええええっ!」

 

 黒タオルが大事な所を両手で押さえ、その場でピョンピョンと跳ね回った。

 

「どんどんやるずらぁ、美香ぁ! くるうぐらいやればええずらけぇ♡」

 

 パートナーに戦わせておいて、可奈本人は高見の見物――ではもちろんなかった。

 

「こんアマぁ!」

 

「舐めんじゃねえずらぁ!」

 

 可奈だってちゃんと、うしろから襲いかかった悪魔崇拝の男(こいつはモヒカン頭)を相手に、密かに唱えていた呪文を発動!

 

「衝撃波っ!」

 

「うぎゃあーーっ!」

 

 軽く後方遥かまで吹っ飛ばしてやった。

 

 モヒカン頭は後頭部をガチンと大木に激突させ、呆気なく失神。とにかく相手が少人数のうちに片付けておかないと、可奈の予想で残りの十三人が駆けつけてきたら、たちまち手に負えなくなるからだ。

 

 だがその心配は杞憂ではなく、すでに現実となっていた。

 

「なんじゃなんじゃ、たったひとりの女と獣に、男が七人がかりでかんまされとうとは情けねえのぉ☠」

 

「えっ?」

 

 いきなり背後から聞こえた銅鑼声に振り向いた瞬間だった。可奈の脳裏に、激しい後悔の念が渦巻いた。

 

(しまっただにぃーーっ! もうちっとべぇげいもねえくれえの攻撃魔術さ使えば良かったずらぁーーっ!)

 

 まさに格闘前から、予想をしていたとおりの展開。今いる七人以外、残りの十三人によって、可奈と美香はすでに取り囲まれていたのだ。

 

 とにかくこれにて、総勢が二十人。昨夜の人数と同数になったわけ。

 

 可奈は思った。

 

(きのうの夜に比べたらぁ……珠緒はここにも入ってねえようずらけどぉ? いんや、まだまだ珠緒が関係か無関係かは、決まってねえずらねぇ……☁)

 

 そんな思いでいる女魔術師をギロリとにらみ、先頭に立つ男が、仲間に向けて言った。

 

「生け贄に使うのに、なんか適当な動物を獲ってこい言うたら、魔術師なんぞに手ぇ出しおってからにぃ☠ まあ、慰みモンにはなるから黙認しようかと思ったら、なんじゃ? 小娘ひとりと獣なんぞにいいようにされてからにぃ、もうおめえらは引っ込んどれ!」

 

(ん? こんあいつ、やっぱ知ってるやつだにぃ☜)

 

 新たに十三人を束ねて現われた男は、可奈も少しだけだが覚えていた。ただし覚えているのは顔ではなく、筋骨隆々とした体型のほうだった。つまり昨夜は斧を持ち、可奈の見ている前で(リス変身中での覗き)牡鹿の首を切断した、筋肉マンの白装束男なのだ。

 

 その印象が強く残っている白装束を、そいつは今も着込んでいた。

 

 だが、頭の部分――覆面は外していた。

 

 しかも服面の下――素顔は、見事なハゲ頭だった。

 

「ここはもう下がっとれ!」

 

 そのハゲ頭が全員を後退させ、ひとりで可奈と向かい合った。この態度と度胸から察するに、ハゲ頭は山賊どもを束ねながら、なおかつ魔術の心得もありそうな雰囲気を持っていた。

 

「美香……あたしのうしろさ隠れるだに☢」

 

 可奈は男を見て怯え始めた美香を、自分の背後に下がらせた。ここで可奈は、相手が魔術の呪文を完成させる前に、手っ取り早く攻撃魔術――火炎弾で片付ける腹積もりでいた。そのためにはいつもより早口で、こちらも呪文を唱えなければならなかった。しかしそれだと、威力が多少は半減する。それでも少なくとも敵の親玉だけは、早めにぶっ飛ばしておかないといけなかった。

 

 あせる気持ちが、可奈の目線を、ハゲ頭の両目に引き寄せさせた。するととたんに、可奈は意識がボンヤリと霞むような気になった。

 

(あらぁ……なんか変だにぃ……?)

 

 これにて可奈の呪文詠唱は中断した。つまり、今からかけようとしていた魔術が、あっさりと無効になったわけ。

 

(……しまっただぁ……こ、これってぇ……☁)

 

 薄れかけた可奈の精いっぱいである意識が、突然の立ちくらみの原因を突きとめてくれた。

 

(……これってぇ……じゃ、邪眼ずらぁ……ビホルダーが最も得意ってしてる催眠術だにぃ……わんだれらそん怪物さ崇拝しとるわけやさけぇ、ちっとべぇくれえの魔力さあっても、できぃねえことじゃねえ……ずらぁ……☁)

 

「ぴいーーっ!」

 

 静かに地面に倒れ込む可奈を見て、美香も甲高い悲鳴を上げた。それから大切な親友を助け起こそうと、可奈の体を鼻先で、美香は揺り動かした。だが美香までが、ハゲ頭の邪眼に囚われる事態となった。

 

「ぬはははっ☠ おめえもさっさと寝るじゃんよぉ☠」

 

「…………」

 

 まるで親友の可奈を、自分の身で庇うかのようだった。美香も同じ有様となり、可奈の上に自分の体を重ねて寝込む状態となった。

 

 まさに健気な姿、そのままで。


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