前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記番外編V』

第三章 悪魔がやってくる。

     (6)

 どうやら彼らは、ふつうの山賊ではなかったようだ。

 

 可奈はツバを、ゴクリと飲むような気持ちで尋ねてみた。なんだか間抜けな気もするけど。

 

「……もしかして、おいだれら悪魔崇拝なわけぇ?」

 

 このとき山賊一同、可奈と美香に向け、口元にいやらしそうな笑みを浮かべていた。しかも、事ここまで到れば、連中ももはや、開き直ってくれるだけだった。

 

「そのとおり☠」

 

 老婆だった男が、はっきりと答えてくれた。可奈と美香を取り囲む男たち七人。全員が悪魔崇拝集団の一味であったのだ。その先頭に立つ、老婆に変装していた男が、またもや言ってくれた。

 

「悪魔崇拝かよう? ずいぶん聞こえが悪いじゃんか☝ おれたちが信仰してんのは、かの有名なビホルダー{百目神}様よ★」

 

「ビホルダーずら?」

 

 可奈は口をOの字の形に変え、ポカンとした気分になった。だがこの気分にも、変装男が答えてくれた。こいつがこの場における、どうやらリーダー格であるらしかった。

 

「どこでおれたちのことを知ったか知らねえけどよー、とにかくひさしぶりの人間の貢ぎモンだぜ♥ なんせここんとこずっと、動物ばっかしで我慢してたんじゃけんねぇ♠ それも魔術師みてえな女とくりゃあ、ビホルダー様もさぞかしお喜びになるじゃろうて♥ 生け贄狩りでほんとに上等な獲物を見つけたんだからなぁ♥」

 

 当たり前の話であろうが、彼らは可奈の黒衣姿を見て、すぐにその素情を見抜いたようだ。おまけに昨夜目撃した人数は、可奈自身の記憶によれば、およそ二十人くらい――だとすれば、まだこの他にも仲間がいるはずだ。

 

「美香ぁ!」

 

 可奈は叫んだ。自分の左隣りに立つ親友に向けて。

 

「おめさの望みどおり、カモシカになってもええずらよぉ! さけぇ、びしょったい(長野弁で『汚らしい』)こいつらをブチのめしてやるだにぃ!」

 

「うん☆」

 

 返事の掛け声も、美香は小声のまま。それはとにかく、美香はすぐに制服をパッパッと脱ぎ捨てた。それこそ下着もためらわず、野郎ども注視の前で。

 

 これは着衣のままで変身すれば、よくある話のとおり、服が破けてボロボロになるは必定。それではあまりにももったいなく、なおかつ不経済だからの行動であった。だがやはり、日頃から羞恥心が極端に薄い美香でなければ、絶対にできない芸当でもあるだろう。

 

「おおーーっ♡♡」

 

 当然、予想もしていなかったであろう目の保養で、男たちの鼻の下が、グゥ〜ンと地面まで垂れ下がった。ところが目の前にいるスケベな野郎どもなど、まったくのお構いなし。素っ裸となった美香が、立った姿勢から四つん這いの体勢となり、その姿をみるみると変貌させた。

 

 すべては可奈公認の元であった。早い話、可奈は美香の大胆過ぎる性格を、もはやあきらめ果てているのだ。

 

「この娘っ! ライカンスロープじゃんかぁ!」

 

 初めはスケベ心で見取れていた男たちにも、美香の変身がすぐに理解できた様子。だが、その点での驚き具合は、可奈の予想よりは少なかった。

 

「だったら別に、動物でもいいあんべぇだな♥ ビホルダー様は、綺麗な毛並みの動物も好みじゃけんな♥」

 

 逆に一味のひとり(こいつは頭に黒いタオルを巻いている)が、不敵に嘯{うそぶ}いてくれた。ここで初めて、可奈は彼らの言動に突っ込んだ。

 

「わんだれら、さっきからビホルダービホルダーって言ってるずらけど、それって神でも悪魔でもないだにぃ♐ あたしの知っとう限りだったら、ちっとべぇ知能が発達しとう程度の怪物ぐらいなもんだら✍ ただ口ばっか達者で、人さコロッと騙すんが得意なだけずらね✌」

 

「くっちゃべんなぁ! ビホルダー様の悪口言うたらぼっこしてやるけなー!」

 

 この期に及んでの可奈の蘊蓄に、右ほっぺに斬り傷のある一味のひとりが、真っ赤な顔になって怒鳴り返した。しかし、このようにムキになるぐらいであれば、可奈の指摘は、連中にも多少の自覚があるのかもしれない。

 

(おいだれら、元はふつうの山賊やったけど、そいが急に現われでもしたビホルダーに度肝さ抜かれて、今じゃ手下になってなから便利に使われとうずらねぇ✍)

 

 可奈は短い時間の間で、素早く事情を推察した。同じ間に美香は、完全なるカモシカへの変身を遂げていた。

 

 これは美香にとっては、もう手慣れたもの――いや、体慣れと申すべきか。そんな変身完了済みとなった幼なじみを見つめ直しつつ、可奈は地面に散らばっている美香の制服を拾い集めながら(けっこう余裕がある)、苦笑気味にささやいた。

 

「制服さボロボロにしたら、まぁずあたしが仕事料からさっ引゚かれるところだにぃ☠ もっとも今は緊急事態やさけぇ、そうも言ってられんずらね♠♡」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system