『剣遊記番外編V』 第四章 邪教壊滅作戦。 (1) 可奈の意識が覚醒した。
気がつけば、自分自身の体はとりあえず、どこも無傷のようでいた。だからと言って、敵が情けをかけたなどと、初めからまったく期待をかけるべきではないだろう。
元より、彼らが称える儀式に捧げる、大切な生け贄なのだ。死なせるどころか傷ひとつ付けることすら、厳重に禁じられているに決まっている。
「…………☁」
それから無言のまま、可奈は上体を起こしてみた。可奈は上半身だけを太くて丈夫そうな荒縄でグルグル巻きに縛られ、おまけに無言も当然だった。
「う……う、う……☠」
口にはご丁寧にも、厳重な猿ぐつわ(細めのタオルのようだ)が巻かれていた。
これは外部に声が漏れないようにするための用心と、もうひとつ――舌を噛み切らせない意味もあるのだろうか。
やはり生け贄が儀式の前に自害をしたら、それこそ元も子もない――と言ったところか。
可奈の幽閉されているどこかの室内は、今朝まで泊まっていた珠緒の家と、あまり大きな差の無い木造小屋だった。まあ深い山中であるから、自然と似たような形式になるのかもしれない。
その問題はさておき、可奈は室内をキョロキョロと見回した。すると美香も――いた。美香は縛られている可奈の足元で、やはり全身を荒縄によって巻かれている姿でいた。ただし可奈と異なる大きな点は、美香がカモシカの姿でいる状態だった。
つまりが先ほどの戦闘モードのままでいるのだ。
それもとにかく、このままではふたりとも今のところ、絶体絶命の危機の最中でいる状態なのは、間違う要素のない事実といえた。
「うぐぅ……う、うぅ……!」
可奈としては、『美香ぁ、起きるだにぃ!』と言ったつもり。だけどカモシカに、瞳が覚める様子はなし。なぜなら魔術師である可奈とは違って(だから目覚めも早かった)、美香は至って平凡なライカンスロープ(?)なのだ。従って邪眼に対する抵抗力が魔術師に比べて格段に弱く、美香はいまだに術の最中に陥っているままでいた。
(まぁずなんとかせんといけんだにぃ……って、なんをなんとかしたらええずらかぁ?)
可奈のあせりが、頂点へと迫っていた。無論恒例のごとく、囚われの魔術師はその魔力も、当然に封印をされていた。しかも今回はどうやら、リス化の体質までが、その封印に含まれているようなのだ。前回、岡山県で経験した封印はそこまで行かなかったが、さすがはビホルダーの手下の技――と言ったところだろうか。
(これって癪なんだえ、魔力さ封印されたら、呪いまでいっしょに封印されるなんて、初めてなもんなんだにぃ……☁)
大きな皮肉を感じた可奈は、思いっきり舌打ちをしたい気分にもなった。しかし、呪いも含めて自分の魔力を復活させる方法は、とても単純だった。そのためには、封印をかけた者を倒すか精神を乱してやれば良いのだから。おまけにたぶん、封印魔術をかけた者は、あの邪眼を仕掛けたハゲ頭の筋骨男に間違いないだろう。
(ごしたいけど、どうせ深夜さなって生け贄の儀式さ始まったら、あいつが出てくるに決まってるずらね☠ そうなったら、助かるチャンスはそこしかねえだにぃ♠♐)
それまでに反撃と脱出の作戦を頭で練っておこうと、可奈は体力温存も兼ねて、しばらくはおとなしくするようにした。
そこへいきなりだった。可奈の瞳の前で、部屋の扉(両開き式)がガシャッと開かれた。
「うっ!?」
入ってきた者は、野郎がふたり――片方は見覚えあり。右ほっぺに傷の付いた巨漢と、もうひとりは新顔――黒縁のメガネをかけていた。あのとき、あとから出てきた十三人に混じっていたのだろうが、可奈の記憶には残っていなかった。つまり印象が絶無なやつ。
それでも態度はデカかった。
「さっさと出るべえよ! ビホルダー様に、おめえらを捧げる儀式を始めるんやけなー!」
「ううっ!(ち、ちっとべぇ待つずらぁ! まだお昼んいとに、もう始める気かやぁ! それに作戦もまだちゅうっくらいも考えてねえだにぃ☠)」
声には出せない可奈の驚きなど、もちろんふたりの男に通じるはずもなかった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |