『剣遊記番外編V』 第三章 悪魔がやってくる。 (5) そんなふたり(可奈と美香)が進む先。街道の左脇で、腹を両手で押さえた白髪の女性がひとり。いかにも苦しそうにあえぎながら、地面にしゃがんでうずくまっていた。
「あ痛たたた……」
身なりはどこの田舎でもふつうにいそうな、まったく当たり前の村人風。それから彼女は、腰も悪いのであろうか。曲がった体を支えるためらしい、木の杖を持っていた。もっともそれ以外に、手持ちの物は見当たらなかった。
「可奈……あれ☜」
最初に美香が、白髪の女性に気がついた。声は小さくとも、右手で指を差したので。
「ふ〜ん♢」
可奈もその女性に瞳を向けた。その女性は明らかに年老いているようなので、一応老婆と呼んでも、差し支えがなさそうな感じでいた。
美香はその老婆に同情していた。
「お腹……痛がってるみたい……可哀想ずらぁ……☂」
ところが可奈のほうは、この老婆を完全に無視した。とにかく道端で苦しんでいる人など一向に構わず、ただ通り過ぎようとするだけだった。
「いいかや? 可奈……⚐」
この行動っぷりを不思議そうに尋ねる美香に、可奈は冷然とした態度で言い放ってやった。
「ええんだ☻ どうせあたしらが助けんでも、他の誰かが助けるだにぃ★」
「それなら美香も安心ずらぁ♡」
可奈の暴言に、美香があっさりと納得した。しかし納得しない者たちが、可奈と美香、さらに老婆の周辺にいた。
「こらこらこらぁ! ちょっと待たんけぇ!」
「おめえら、病気で困っとう人を見捨てて行くつもりじゃんかよぉ!」
道の両脇で茂っている藪の中からぞろぞろと、六人もの男たちが登場した。
恐らく彼らは樹木の陰に隠れ、山道を通る旅人を待ち伏せていたようだ。
また、この在り来たりな手口から察するに、彼らは山岳には付き物の、山賊連中であるに違いない。可奈も経験のある話だが、どこの山賊も、だいたい似たり寄ったりであるからして。
「ちぇっ! おれ様の演技が通じねえとは、なんか自信なくすじゃんかよぉ☠」
ここで老婆も曲がっていたはずの腰を伸ばして立ち上がり、白髪のカツラを自分で外していた。
とっくにバレバレの感じでもあったが、老婆も男の変装だったわけなのだ。もっともこの場合で彼を擁護するとすれば、無視された理由は男の演技力不足ではなく、可奈の情の薄さのほうにあった――と言えるだろう。
話を本筋に戻そう。
もちろんこの程度のチンピラ風情に、ビビるような可奈ではない。なぜなら何度も記しているが、可奈も一時は、彼らと同業であったからだ。
可奈は彼らに言ってやった。
「悪いんだけど、わんだれらに付き合ってる暇なんてねえずら☠ 親切心から言えば、わんだれらもこん山さ下りたほうが身のためだに✈ 生け贄にされん今のうちずら✄」
「んにゃ、生け贄になるんはおまえらじゃんよー☠☞」
「えっ?」
山賊のひとりが言い放ったセリフで、可奈は心臓がドキッと高鳴る気持ちになった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |