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『剣遊記番外編V』

第三章 悪魔がやってくる。

     (4)

 美香の行動としては、大変に珍しい話。彼女は人の姿のままで、可奈に同行していた。

 

 もっともこの状態は、美香本人の気まぐれではなかった。可奈は激しく美香を急き立てて先を急ぎ、結果としてカモシカに変身する余裕を与えなかったのだ。

 

「カモシカになってる暇なんてねえずら! とっとと山から下りるだにぃ!」

 

「……美香……カモシカしてるほうがええ☹ 二本の足で歩くの、ごしたいから……嫌……☁」

 

 美香がふくれっツラになって訴えても、今の可奈に聞く耳はなかった。

 

「だちかんずら! 陽{ひ}が高けえうちに県境さ越えて、隣りの静岡県まで行くだにぃ! とにかく急ぐんずらぁ!」

 

 むしろ口調も荒く言い返し、脇目も振らず、下山道をひたすら、ふたりは突き進んでいった。

 

 しかし県境を越え、神奈川県から隣りの静岡県に入ったからと言って、それで安心とは言い切れないはずである。なぜなら山賊や悪魔崇拝者のような無法者にとって、県の境など、有って無いようなものだから。

 

 もちろん可奈とて、そのような現実は、百も承知でいた。なにしろ彼女自身、その方面で暴れ回った猛者であるからだ。それでもいつまでも危険地帯の間近にいるよりは、遥かにマシと言えるだろう。実際可奈ほどの魔術師であれば、降りかかる火の粉を自分で掃えるくらいの、威勢と実力を兼ね備えている。ただ可奈の世渡りの知恵として、戦う以前に火事場や修羅場には近づかないだけなのだ。

 

(災難の気配さ感じたら、初めっからそこに首さ突っ込まねえだけだにぃ♠♣ ただそれだけんことずら✄✌)

 

 ある意味可奈の思考法は、世間の荒波を生き抜く、ひとつの人生渡世術と言えたりして。


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