『剣遊記番外編V』 第三章 悪魔がやってくる。 (1) 「きゃん!」
全身寝汗びっしょりとなって、可奈はベッドから跳ね起きた。さらに起きてからすぐに気がついたのであるが、寝起きの可奈は、なにひとつ身に付けてはいなかった。
「あらやんだぁ……あたしったらぁ……☁」
まさしく一糸もまとっていない、その格好。それでも体が汗まみれの理由は、昨夜目撃した悪魔崇拝儀式の光景が、夢の中で何度も浮かび上がったからであった。可奈はそれが怖くて、帰ってくるなりリスのままで、ベッドに飛び込んだようだ。それこそ人に戻って、下着を着る余裕もないままに。
このあとベッドに頭から潜り込んでいた間、リスから元の可奈へと、自然に戻ったようである。しかしいつまでも、このままで良いはずがなかった。
「ま、まあ……命あってのもんやさけぇ、これくれえ、ええだにぃ……あらぁ?」
汗で濡れた体をなにかで拭こうと、可奈は全裸のままで床に立ち、室内をキョロキョロと見回した。すると床の上では美香が、これまた真っ裸の格好で熟睡を続けていた。
美香はきのうからずっとカモシカのままでいたのだが、睡眠中(今もだけど)に、人に戻る夢でも見たのだろう。いつの間にやら灰色の毛皮で覆われたカモシカから、あどけない寝顔の少女に還元されたようだ。
「ライカンスロープは夢でも変身さするって言うだに、ほんにそんとおりずらねぇ♡」
昨夜の恐怖が、まだ覚めやらぬ可奈であった。でも親友――美香のいかにも無邪気そうな寝姿を眺めると、なんだかほっとした気持ち。心が清められる思いがした。
それはさておき、このままほっておいたら、いくらライカンスロープでも風邪を引く。可奈はすぐに優しくささやいた。
「美香……朝ずらよ☀」
この優しさは他の者には絶対に向けられない、完全に美香限定となっていた。それから木の床の上でそのまま寝ている美香を、体を揺り動かして起こそうとしたときだった。
「おはようございます! 朝食の用意ができとうけー……えっ?」
いきなりドアがバタンと開いて、小屋の主人である珠緒が参上した。もちろん急激に、彼女の瞳がまん丸となった。なぜなら珠緒の瞳に写った光景では、全裸の女性ふたりが、なにやら抱き合っているように見えたであろうから。
「し、しっつ礼しましたぁ!」
明らかに大きな誤解をしたであろう珠緒が、大慌てで逆戻り。ドアも激しい音を立て、バターン!と埃が立つほどの勢いで閉められた。
「ち、違うだにぃ! これはしょうしってる(長野弁で『恥ずかしいことしてる』)ことやないずらぁ!」
可奈の弁解にもならない弁解が、珠緒の耳に届くような雰囲気では、もはやなかった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |