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『剣遊記番外編V』

第二章 深山の狼少女。

     (14)

「ちっちっちぃーーっ!(きゃあーーっ!)」

 

 体重の軽いリスが木の上から地面までポトッと落ちたところで、大きなケガをするなど有り得なかった。

 

 また、可奈の悲鳴も周辺に木霊している夜行性動物の鳴き声にまぎれて、悪魔集団には気づかれなかったようである。

 

 これはちょっとした可奈の失敗であったが、とにかく白装束どもには、バレずに済んだ模様。

 

(痛たたたたた……☠)

 

 木の上から落ちた赤リスは、ほとんど人の仕草そのまま。落ちたときに打った腰の部分を、右手(右前足)で器用に撫で回した。

 

 さらに落ちたついで、周囲を見回してみた。可奈のいる所には、白い小枝がたくさん散らばっていた。たぶんそれらが積み重なって一種の緩衝材{クッション}となり、それほど痛い目を見ずに済んだのであろう。

 

 だが可奈は、この現状下、すなおに喜べなかった。

 

(こ、これって……木の枝なんかじゃねえずら……☠)

 

 よくよく見れば、転がっている棒で、枝分かれをしている物は、ひとつもなかった。どれもが関節の区切りのかたち。おまけに所々に落ちている、割とかたちが整っている白い物体。

 

(さけぇこれってぇ……動物の頭がい骨ずらぁ……☠)

 

 明らかに白くてかたちの整っている物は、白骨化した獣のシャレコウベの山だった。いや、さらによく見ると、この場にあってはならない物も混じっていた。

 

「ちっちっちぃーーっ!(やだぁーーっ! 人間のまであるずらぁーーっ!)」

 

 まさに細長い獣の頭がい骨とはまったくかたちの異なる、丸みが特徴的な人間のシャレコウベが、可奈の真正面に転がっていた。

 

 そのポッカリとえぐられたふたつの空洞が、まるでなにかの恨みを訴えているかのよう。ふたつの穴が、可奈を直接にらんでいた。

 

 悪魔崇拝集団は、動物だけではなかった。やはり人間も生け贄として捧げていたのだ。

 

 さらに人間の頭がい骨の周辺には、彼(それとも彼女?)の胴体は見当たらなかった。それに気がつけば、骨が首を切断された哀れな犠牲者であることに、ほぼ間違いはなさそうだ。

 

「ちっちっちぃーーっ!」

 

 これにて可奈は、完全に恐怖心の虜となった。とにもかくにも一目散に、この場からの逃走脱出を図るのみ。もはや珠緒の行方など、思慮の外にして。

 

 このあと闇雲に夜道を走りながらも(もちろんリスのまま)、可奈は小屋まで無事に帰り着くことができていた。この付近の記憶が、とても曖昧なままなのだが。

 

 とにかくこれはこれで、ひとつの奇蹟と言えるのかも。


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