前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記W』

第七章 ワイバーン騒動後始末。

     (8)

「先輩♨ おれば置いて逃げましたっちゃね♨」

 

 すべての騒動が終了。すっかり板に付いたバニーガールから、本職である戦士姿に戻った孝治。先輩であり目上でもある荒生田を、ねちねちと責め続けた。

 

「ま、まあ、あれはやねぇ……こほん!」

 

 わざとらしい咳払いをひとつ。荒生田が言い訳した。

 

 本当のところ荒生田は孝治に蹴飛ばされ、やむなく現場からの退場となっていた。だがその件は、あえて不問。なにしろ蹴飛ばされて頭を壁にぶつけた衝撃で、荒生田の記憶の大部分が、かなり消し飛んだ状態になっているようだから。

 

 要するに、自分が孝治から受けた暴力を、全然覚えていないってこと。また孝治も、荒生田のこのような状態を、むしろ都合の良い棚上げにしていた。

 

 これほど虫の良い話の展開も、世の中にそう多くはないだろう。

 

「オレはワイバーンば誘導して、おまえから引き離そうっちしたんやけど……ところがワイバーンが孝治の可愛らしさに目ば奪われたみたいで、そん目論見{もくろみ}は無念にも失敗したっちゅうことやけね☢ だいたい孝治が可愛過ぎるんが悪かっちゃけ☞ 男んときから女顔でおったんやけ☜」

 

「それは関係なかでしょうが!」

 

 思わず荒生田に飛びかかりそうになった孝治を、友美が慌てて上着の右端を両手でつかんで引き止めた。

 

「もうよかやない✌ みんな無事に済んだとやけ✌」

 

「済んじょらん!」

 

 それでも孝治の腹の虫は収まらなかった。そこで孝治は、荒生田ともうひとり――裕志を右手で指差し、大きな声で宣告した。

 

「こげんなったら、ふたりにはおれが復讐の天罰ば与えるっちゃけ☠ ふたりとも覚悟ばしてくださいね☠」

 

「びくぅっ!」

 

 小心者の裕志が青ざめた話は、今さら言うまでもなし。その一方で、荒生田は当然ながらの開き直り。

 

「おう! なんでも来い☀」

 

 孝治もこれに負けじと突っかかってやった。

 

「じゃあ、先輩にはまず、次の冒険でお宝ば発見したら、儲けの三分の二をおれに譲ること! そして裕志には……☠」

 

 すっかり青ざめ気味である裕志のゴクリとツバを飲む音が、孝治の耳まで伝わった。

 

「今夜おれといっしょに風呂に入って、おれの背中ば流すこと♥ 以上がおれが下す天罰やけ♥ 文句なかでしょ♥」

 

「ええっ! そ、そげなん、だ、駄目っちゃけ! 駄目駄目駄目っ!」

 

 孝治の宣告を受けた裕志が、顔色を青から赤に変え、大慌てで頭を横に振った。

 

「ぼ、ぼくが女ん子の裸に弱いの知っとってそげなこと言うなんち、メチャクチャばい! ひどすぎ!」

 

 このとき孝治の頭の中は、『残忍』の二文字で埋まっていた。

 

「それば狙っとうとやけ、おれは☻ 由香にもこのこと言いつけちゃるけ、これも覚悟しときや☠♐」

 

 そんな孝治のうしろでは、涼子がわざと聞こえる声(もう何度も繰り返すけど、聞こえる人は孝治と友美だけ)でささやいていた。

 

『孝治って、やな性格やねぇ✄』

 

「ま、まあね☻」

 

 友美も苦笑いを浮かべていた。

 

 しかしもちろん、これで荒生田が黙っているはずがなかった。すぐに恐るべき獰猛さで、孝治に喰ってかかってきた。

 

「ちょい待ちや! さっきから聞いてりゃなんね! 裕志ばっかすっげぇー待遇よかっちゃやなかねぇ♨ ゆおーーっし! こげんしよう! 宝探しの罰は裕志に譲るけ、オレばいっしょに風呂に入れりやぁーーっ!」

 

 ここで再び孝治の右の拳{こぶし}が、バグッと荒生田の左顔面に炸裂! それからひと言、孝治は言い捨てた。

 

「喜ばせるんやったら、天罰の意味なかでしょうが♨」

 

 実はこのとき、荒生田のサングラス😎にわずかではあるが、ついにひび割れが走っていた。

 

だけど惜しいかな。この珍事には孝治を始め、誰ひとりとして気がつかなかったのだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system