『剣遊記W』 第七章 ワイバーン騒動後始末。 (7) 「うわっち!」
ワイバーンがその長い舌で、孝治の顔面をペロリと舐めてくれたのだ。
「わぷぷぷぷっ! なんねこれってえーーっ!」
ワイバーンの唾液は、とてつもなく臭かった。
孝治を舐めたワイバーンは、このあと長い首を天空に向け、グアゴオオオオオオオオオオオオオオオッと高い吼え声を上げた。
店長室だった建物は、すでに完全崩壊の状態。天井もなくなり、空が丸見えの有様となっている中での咆哮であった。
さらに巨大な翼をブァッサバサバサバサッと羽ばたき、周囲に激しい旋風を巻き起こした。つまりが、孝治たちの前からの飛翔である。
ワイバーンが向かっていく方角は、高知市から見て北東の方向――生まれ故郷、剣{つるぎ}の山中らしかった。
「……な……なんやっちゅうとや、これって?」
飛び立つワイバーンを呆然の思いで見守る孝治に、涼子がポツリとささやいた。
『……もしかしてぇ……っち思うとやけどぉ……孝治が荷車から鎖ば外したこと、実はワイバーンがしっかり見とって、それで自分を助けてくれた……っち思うたんやなかろっか……☆』
「馬鹿言え!」
孝治は即座に頭を横に振った。
「おれかて、あいつば捕まえた仲間のひとりなんやけね!」
『だってぇ……孝治はあんときとは違う格好しとんのやけ☜』
「あ……うわっち!」
涼子に言われて、孝治は改めて我が身を顧みた。それはまさしく涼子の言うとおり、現在戦士の鎧姿ではなく、孝治は相変わらずのバニーガールの扮装なのだ。
ちなみにワイバーンを捕まえたときは、まったくふつうの村娘姿であったのだが。
これでは相手が人ならばいざ知らず、動物の目で見れば捕獲作戦中の孝治とは、まったくの別人になるのだろうか。
「でも、これでひとつの事実がわかったっちゃね✌」
友美が去っていくワイバーンに、瞳を向けたままでつぶやいた。
孝治は思わず聞き耳を立てた。
「なんがね?」
友美はくすっと微笑みながらで、孝治に答えた。
「わたしたち人間から凶暴っち蔑{さげす}まされとうワイバーンなんやけど、ほんとは恩ば忘れん、けっこう優しい動物やっちゅうことがやね♡ ちょっと勘違いしやすかとこもあるみたいやけど♡ それと、これは前に沢見さんが言うちょったことやけど、ワイバーンが人間の女性に弱いっち言いよったこと、これも案外真実かもしれんばい♡♐」
「そうっちゃねぇ……✐」
孝治は友美に軽くうなずき返したあとで、ひと言付け加えた。
「おれ……もう一生、ワイバーン料理ば食わんけね✄」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |