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『剣遊記W』

第七章 ワイバーン騒動後始末。

     (4)

 ワイバーンを逃がした馬鹿チン――孝治は、ついに来るべき所まで行き着いていた。

 

 友美を拉致した店長を、広い店舗の一角まで追い詰めたのだ。

 

 そこは大きなガラスの壁で四方を囲まれた、かなり広い面積のある店長室だった。その開放的な部屋の片隅で、皮肉にも主人が袋のネズミ――にも関わらず、孝治は手が出せなかった。なぜなら友美のノド元に店長が、小型剣の刃先を突きつけているからだ。

 

「孝治ぃーーっ!」

 

 友美が叫んだ。

 

「ちっくしょう!」

 

 孝治は店長に向けて、怒声を上げた。

 

「てめえっ! 悪あがきに事欠いて人質ば取るなんち、やることが最低ばぁーーい! それでも土佐の人間けぇ!」

 

「えーーい! あやかしい(高知弁で『くだらない』)!」

 

 店長が逆に吼え返した。

 

「なんの恨みか知らんが、いきなり暴れておらんくの店をメチャクチャにしおってからにぃ! おっと、それ以上近づいたらいかんぜよ! この部屋は魔術の封印ができるきに、この娘も魔術を使えんのじゃーーい!」

 

「うわっち! こんちくしょう!」

 

 孝治は歯噛みを繰り返した。確かに店長の悪あがきは本物らしかった。そのために友美は魔術を使っての脱出が、現在不可能な状態となっていた。

 

 これがいつもなら楽々。この程度の危機一髪など、友美であれば自分の自力で逃げ出せるものなのだが。

 

 それでも孝治は吼え続けた。

 

「と、とにかく、いろいろ悪さばしてからにぃ! おれも含めて娘たちば騙して働かせたりっとか、働かせ過ぎの労働基準法無視っとか。ルールの破り勝ちばっかすんやなかぁ! それに麻薬の密売までしちょるんやけねぇ!」

 

「ちょ、ちょっと待つきに!」

 

 この瞬間、店長の顔に困惑の色が浮かんだ。

 

「娘や法律無視はともかく、麻薬なんか知らんぜよぉ!」

 

 孝治も一瞬、「あれ?」と思った。しかし勢いはすでに、絶対に止まらない所まで行き着いていた。

 

「しゃーしぃったい!」

 

 孝治は大きく声を張り上げ、店長に向けて剣先を突きつけた。

 

「きゃあっ! 孝治ぃーーっ!」

 

 店長と孝治のにらみ合う、そんな緊迫とした場面の最中だった。突然友美が悲鳴を上げた。なぜなら建物全体が激しくゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッと揺れ始め、天井からバラバラと、埃やガレキが落ちてきたからだ。

 

「うわっち! あ、あれ?」

 

「こ、今度はなんが起きるんぜよぉ!」

 

 孝治も店長も、そろって上を見上げてみた。このとき店長は怯えの顔。ところが孝治のほうは振動の原因に、恥ずかしながら身に覚えがあった。

 

「うわっち! こ、これってぇ……まさかぁ……ここまでもう来たんけぇ?」

 

『孝治っ! あれ!』

 

 孝治のそばにずっと寄り添っていた涼子が、店長と友美の背後にあるガラスの壁を、ビシッと右手で指差した。

 

『やっぱ、あいつっちゃよ!』

 

「うわっちぃーーっ!」


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