『剣遊記W』 第七章 ワイバーン騒動後始末。 (3) 「あ……あれぇ? 友美ちゃん、どこ行ったとぉ?」
楽屋でのびていた裕志が、今ようやく目を覚ました。ただし、いかにも能天気な寝起きの顔。自分が店長からいきなり殴られ、不覚にも気絶をしていた記憶を思い出すまでに、さらなる時間を必要とした。
「え〜っと……そうっやった! ぼくは……やられたっちゃね!」
そこまでは、まあけっこう。問題は、自分が店長から殴られた理由が、まったく思いつかない点にあった。
「……どげんして、こげなことになったっちゃろっかねぇ……ぼくになんか落ち度でもあったんやろっか? それに友美ちゃんも、どこ行ったんやろ?」
そんな、やっと一番重要な事態に気づいたとたん――だった。部屋全体がゴトゴトゴトッと、不気味な振動を開始した。
「な、なんねぇ……これって?」
さらに振動と重なって、聞き慣れた馬鹿声までが轟いた。
「くおらあーーっ! いつまでんオレばっか追っ駆けんじゃなかあーーっ!」
「ま、まさか……☠」
裕志は顔面蒼白の思いとなった。過去、この声の持ち主が、裕志に災厄を招いたケース。その例が山ほど――それもヒマラヤ級ほどにあるからだ。
見らんほうがええと思う――それがわかっていながら、裕志は恐る恐る、楽屋のドアから外の様子を覗いてみた。
「ゆおーーっし! 裕志ぃーーっ! ちょうどよかあーーっ! こんワイバーンば、おまえの魔術でなんとかせえーーっ!」
「ひぇ、ひええーーっ!」
最悪の予想どおり、荒生田とバッタリ出くわした。しかも、大きなおまけがひとつ。荒生田を追っているワイバーンからも、裕志は目を付けられる結果となった。
「な、なしてワイバーンがおるとぉ!」
こうなれば全力疾走。限界以上の馬力で走りながら、裕志は叫んだ。
「こ、こりゃダ、駄目ですぅーーっ! 呪文ば唱える暇がありましぇーーん!」
「えーい! いつもながら役に立たんやっちゃねぇーーっ!」
荒生田はやはり、自分勝手の権化であった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |