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『剣遊記W』

第七章 ワイバーン騒動後始末。

     (11)

 昼下がり。周辺が緑の田んぼに囲まれている街道を、一台のリヤカーが、のどかに歩みを進めていた。

 

 リヤカーの荷台には、革製の袋が山積みの状態。それを前から人間が牽引。うしろからはアンドロスコーピオンが、両手で押して前へと進めていた。

 

 しかし、土と埃まみれのガタガタした道路である。当然、亀よりものろい速度の歩みであった。

 

 しかもふたりの行き先は、まだまだ平坦な道のりには程遠い状態。牽引する側の人間――沢見が、押す側のアンドロスコーピオン――沖台に、ぶつくさと文句を垂れ続けていた。

 

「いったい誰やねんな こん袋の中身が高価な麻薬やなんて、アホこいたんは☞」

 

「どうもすんまへんなぁ、兄貴ぃ☹ まさか白は白でもただのやったなんて、実際舐めてみるまで、全然思いもしまへんかったわぁ☁」

 

 沖台が心底から申し訳なさそうに、頭をペコペコさせた。ついでにリヤカーを押す両手にも、グッと力を込めた。

 

 これで沢見が、思わず前につんのめる結果となった。

 

「おっと! そんなに押さんでもええわい♨ わいが事故ったらどないすんねんな✄」

 

「おっと、すんまへん☹」

 

 再びペコペコするついで。沖台が沢見に、再度尋ねてみた。実は先ほどから、同じ質問を繰り返してもいた。

 

「しっかしやつら、こない仰山の塩、いったいどないするつもりやったんでしょうかねぇ?」

 

 沢見が答えた。まっすぐ前を向いたまんまで。

 

「まあ大方、塩が取れへん山ん中で、高こう売るつもりやったんやろ☛ まっ、そん商売、わいらが引き継いだるけどな✌」

 

「塩やったら麻薬やあらへんさかい、いくら売っても合法ですからねぇ✌」

 

 ここまで話が進めば、もうおわかりであろう。沢見と沖台が荒生田と孝治を誘導して、店で大暴れをさせた理由が。

 

 早い話。沢見は沖台から荷馬車に積まれた白い粉――当初は完ぺきに、非合法だが高価な麻薬だと思い込んだ――の存在報告を受けたとき、商品の横取りを思いついたのだ。

 

 ついでに店に騙された屈辱を晴らす、絶好の機会でもあったし。

 

 そこで単純な荒生田と孝治を、見事に扇動。酒場を大混乱に陥れ、その隙に積み荷の奪取に成功した――というわけ。

 

「……にしても、ワイバーンが急に出てきて荷馬車は丸焼け☠ おまけに馬まで逃げられたんは、計算外で痛かったでんなぁ☠」

 

 沖台が、昨夜の光景を思い浮かべながら、しみじみとつぶやいた。その現場をいっしょに傍観するしかなかった沢見も、忌々{いまいま}しげな気分で沖台に応じた。

 

「ほんまやで♨ どこのアホやねんな♨ 肝心なときやっちゅうのに、ワイバーン野放しにしたんわ☝☟ まっ、不幸中の幸いで、けっこう売れる分だけ塩が残ったんはラッキーやったけどな✌」

 

「ついでにリヤカーも一台、無事なんがあったりしたんやけどね✌」

 

 沖台も沢見に応じてうなずいた。

 

 ワイバーンについてはふたりとも、とっくにあきらめがついていた。だがまさか、何者かがワイバーンを逃がすとは、これもまったくの計算外。おかげで自分たち自らの手で塩を運ばなければならない、重労働の破目となったのだ。

 

「とにかく急いで、高知の街から離れるんや✈ あいつらかてそろそろ気づくはずや思うからな☠」

 

「もう……遅いようでんな♐」

 

「なんやてえーーっ!」

 

 沖台の言葉で、沢見がうしろに振り返った。すると街道の遥か後方から、あらかじめ予測をしていたとおりに血相を変えて、孝治たち一行が追い駆けてくるではないか。

 

「待つっちゃあーーっ! 沢見ぃーーっ!」

 

「こらあかん! 和秀っ! 全速力やぁーーっ!」

 

「決まってまんがな、兄貴ぃ!」

 

 沢見が(けっこう長めの)足を速めれば、沖台も八本の節足をフル回転。リヤカーの耐久力など、気にしている余裕もなかった。また、このふたりを追う孝治、荒生田、裕志の三人も、見事に必死。

 

「こんちくしょーーっ! 麻薬ば売ったら逮捕やけねぇーーっ!」

 

「オレにも分け前寄こさんかぁーーい!」

 

「先輩、疲れましたよぉ〜〜☁ もう北九州に帰りましょうよぉ〜〜☂」

 

 そんなドタバタを、友美と涼子は空の上から眺めていた。

 

 友美は浮遊の術を使って。

 

 涼子は幽霊だから、ごくふつうの状態で。

 

 もちろんふたりとも、もはや呆れ返りの心境。なんも言うことはなか――そんな顔をしていた。

 

「やっぱり結末はこうなるっちゃねぇ☠ いつもながらの骨折り損のくたびれ儲けなんやけぇ☁」

 

『それはいいとやけどぉ、あの五人、いつまで走り続けるつもりやろっか?』

 

「さあ? 飽きるまでやなかと?」

 

 友美が投げ槍気分でつぶやくとおり。彼ら(と彼女がひとり)が向かって行く先は、どこまでも続く地平線。遥か遠くに連なる山脈からは、自由を謳歌するワイバーンの吼え声が、いつまでも轟き続けていた。

 

                                      剣遊記W 了


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