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『剣遊記X』

第一章  天才魔術師の憂鬱{ゆううつ}。

     (1)

「ふぅ……☹」

 

 実に珍しい光景だった。魔術師の天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}が木製椅子に腰をかけ、机に右腕の肘{ひじ}をつけて下アゴを支え、深いため息を吐いていた。

 

 それはある日の、正午を過ぎたころ。所は北九州市随一の酒場兼宿屋――未来亭の三階。三百二十一号室。美奈子が間借りをして暮している、小部屋での出来事であった。

 

「師匠、どないしたんや?」

 

「美奈子ちゃああん、どうしましたですかぁ? どこかご気分でもぉ悪いんでしゅかぁ?」

 

 同室している弟子の双子の少女――高塔千秋{たかとう ちあき}と千夏{ちなつ}の姉妹が、そろってクリクリとした瞳をウルウルとさせ、心配そうに師匠の顔を覗き見た。

 

 ちなみに姉である千秋の性格はツンデレ。妹千夏は天真爛漫ギャルである。双子でありながらこの性格の不一致については、もはやページを割く必要もなし。とにかく不安げな表情を浮かべているふたりに、美奈子は少しだけ、口の端に笑みを浮かべてやった。それから憂鬱そうな面持ちで、頭を横に振るばかり。

 

「……ちゃいまんのや、千秋に千夏☁ 塩梅{あんばい}がようないわけやあらしまへん☁ そやさかい、心配せんでもよろしゅうおますんやで☺」

 

 無論、この程度の強がりで、ふたりの弟子は納得をしなかった。

 

「しかしやでぇ、師匠がそないに元気ない姿やなんて、千秋もよう見れんことやで☁」

 

「そうですうぅぅぅ☂ 千夏ちゃん、美奈子ちゃんがぁ元気ないとぉ、とってもぉとってもぉ、居ても立ってもいられませんですうぅぅぅ☂」

 

 千秋のほうはまだまだだが、妹千夏の瞳は、早くも涙目状態となっていた。美奈子はそんな双子の妹のほうに顔を向け、思わずくすっと微笑んだ。だけどこのまま黙っていたら、本当に千夏が大泣きをするだろう。美奈子は意を決し、ため息の理由を話してあげた。

 

「……ほんまに心配かけさせてすまんことでんなぁ♩ でもうちどしたら大丈夫でおますさかい★ ただぁ……ちぃっとばかし悩んだもんやよってに……☁」

 

「ちぃっとばかしぃ……?」

 

「美奈子ちゃんにもぉ……お悩みさんがぁ、あるんですかぁ?」

 

 双子姉妹が再びそろって、師匠の顔を覗き込んだ。ふたりして髪型こそ異なるものの(千秋は後ろ髪を束ねたポニーテールスタイル。千夏は茶色系の天然パーマに、ヒマワリのアクセサリー付き)、顔の輪郭や体形その他など、ほとんど相違がなかった。

 

 もちろん師弟としての付き合いの長い美奈子にとって、ふたりの違いなど、遥か昔に慣れっこの定番。美奈子は椅子から立ち上がり、部屋に備え付けとなっている、タンスの引き出しを静かに開いた。中には美奈子と双子姉妹が日本中を旅して集めた宝などの貴重品――いわゆる戦利品が、所せましと多数収められていた。

 

 ここで理由はわからないが、千夏が大袈裟な拍手👏を打ち鳴らした。

 

「はぁい♡ たっくさんたっくさんありますですうぅぅぅ♡」

 

「しっかし、ようこんなに仰山集めたもんやなぁ☀」

 

 千秋も『我ながら』の面持ち丸出し。千夏といっしょになって、タンスの引き出しの中を覗き込んだ。

 

「そうでんなぁ……言われてみれば、そんとおりでおます☆」

 

 さらに美奈子も、再びため息。姉妹といっしょになって、戦利品のいくつかを、机の上に並べ上げた。

 

 それほど広い机ではないが、すぐに金貨や銀製品などの骨董品。または、いかにも古い時代を感じさせる陶器や磁器の類で、たちまちあふれた感じとなった。

 

「で、このお宝の山が、どないしはったんや?」

 

 それなりに貴重な感じである骨董品の山を瞳の前にして、千秋が改めて師匠に尋ねた。実際、どんなに頭を働かせても、宝が悩みの理由になるとは、まったく理解ができないからだ。

 

「それはどすなぁ……☁」

 

 千秋の疑問に答えるつもりで、美奈子は宝の山に瞳を向けた。

 

 これらの宝はすべて、未来亭から仕事を請けたついで。三人で副業的に、各地で収集をしたものである。ただし中には、非合法な手段で手に入れた、いわく付きの物も混じっていた。

 

 まあ、その件は棚に上げる。これも毎度の定番か。

 

「でもでもぉ、美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃんのぉお力だけでぇ、こんなにぃこんなにぃお宝さん集めたんですからぁ、千夏ちゃん、とってもぉとってもぉ、すっごいことってぇ思いますですうぅぅぅ♡」

 

 宝の数々に瞳を輝かせながらも、千夏はまだ、納得ができないご様子。美奈子の黒衣に、ピョンと抱きついた。

 

「ちゃいまんのや、千夏……☀」

 

 美奈子は身長が低めである千夏(双子だから千秋も同じ身長)を見下ろす感じで、静かに優しく話してあげた。

 

「うちが言いはりたいのは、こないに仰山お宝を集めても、実はどれが本物でどれがニセ物か、ちいともわからへんとこにおますんえ☁ ここの店長はん(黒崎健二{くろさき けんじ}氏)に鑑定をお願いしてはるんやけど、ここんところお宝を三個集めたら、そのうち二個がまがいモンやいう日が続けて起こってまんのや☠」

 

「三個の内の二個がニセ物かいな! そないなことがあってたんかいな♨」

 

 美奈子の言った驚くべき事実に、千秋が瞳を丸くした。

 

「なるほど、それやったら、骨折り損のくたびれ儲けっちゅうことやなぁ☠ しんどい話やで、ほんま♐✄」

 

「そういうことでおます✐ なんやうち……今までなんの苦労をしてはったんか……ため息のひとつやふたつ、つい漏らしてしまうってもんどすえ……☁」

 

 早い話。魔術の免許皆伝以来、双子姉妹と組んで日本中で宝探しをしてきたのだが、それがいまだに大きな儲けには到らない――これが美奈子のため息の理由{わけ}。

 

 たまには命懸けの仕事依頼もあるものの、なんだかこれでは割には合わない感じ。またそれがみみっちい話だと、うしろ指を差されそうな本音でもあった。

 

 だがやはり、現実のつらさには勝てない――といったところだろうか。美奈子と千秋がここで再び、大きなため息をそろって吐いた。

 

「ふぅ……☁」

 

「ふぅ……☁」

 

 しかし、この空気にまったく無縁な者がひとり。千夏だけは元気付けのつもりなのか。それとも発破かけなのか。ひとり明るい性格を振り撒き続けていた。

 

「でもでもでもぉ♡ 美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃん、もうやるっきゃないですうぅぅぅ♡ あしたさんはきっとぉきっとぉ、とってもいいことが起こるに決まってますですうぅぅぅ♡♡♡♡」

 

 とにかくなんとかして、師匠と姉のふたりにやる気を起こさせようと、一生懸命のはしゃぎっぷり。

 

 師匠とふたりの弟子が目指す一攫千金への道は、まだまだ遥かに遠くてけわしい道のりのようである。


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