『剣遊記W』 第三章 ワイバーン捕獲前哨戦。 (8) そこへ孝治の左隣りにいる沖台が、やはり上ずっている口調で話しかけてきた。
「あんたも震えとうようやねぇ☞ 実はおれもそうやねんな☠」
「う、うん……☁」
孝治は振り返った。見れば確かに、沖台のサソリ型下半身が、ガチャガチャとにぎやかな音を立てていた。
ここでいつもの余談。先ほどからの状況描写のとおり、今回も幽霊娘――涼子の存在は、孝治と友美以外には内緒にしてあった。
これは仲間に幽霊が混じっている事実を知られ、無用な騒動を恐れた、孝治なりの気配りであった。しかし涼子としては、いい加減に自分を堂々と紹介してもらいたいと、最近思い始めているらしい。だからこれはこれで、先の話の展開が、非常にむずかしいところである――といえるのだ。
話が横道にそれたようである。これにて本題に戻る。
とにかく沖台も、かなり不安気なご様子。
「戦士であるあんたがそんな調子やったら、ただのあきんどのおれなんか、もうガチガチやね☠ 早いとこ、こんな山から降りたい心境やで✄」
なんだか愚痴まで言い始めた感じの沖台に、孝治も涼子並みにズバリと訊いてみた。
「やったらなして、こげなとこまで来たと?」
これに沖台は迷う素振りもなく、速攻で答えてくれた。
「兄貴との約束やねん♐」
「兄貴との約束ぅ?」
孝治と話しながら、沖台が自分の兄貴分――沢見の背中に顔を向けた。その沢見は今、荒生田と地図を広げて、なにやら打ち合わせの真っ最中でいた。
どうやら剣山周辺の地図らしい。だけど沖台はそれには触れず、山の頂上に視線を変えて、孝治への話を続けるだけだった。
「兄貴とおれとは、かれこれもう十年以上になる長い付き合いでね✍ いつかはふたりでごっつうデカい店を構えるのが夢ってやつで、ずっと腐れ縁を続けとうってわけやねん♠ そんためにはずいぶん、ヤバい商売にも手を染めたもんやけどなぁ……☺☻」
遠目になって、身の上話を語ってくれる沖台。孝治は今度もそのものズバリで、ツッコミを入れてやった。
「で、いまだ本懐叶わず、今回はそのやばい商売の極めつけ☝ ワイバーンば捕まえて、一攫千金っちゅうとこやね✌」
これに沖台は、苦笑で孝治に応じてくれた。それからしゃべり方も、わざとらしいと思えるほどの自嘲気味となっていた。
「それに間違いあらへんな♪ 夢の実現のためやったら、それこそ命の危険かてかえりみずってやつなんや♞ まあ、とにかくあんたと話したおかげで、少しは震えが止まったみたいや♥ また話しとうなったら、付き合{お}うてもろうてええかいな★」
「ああ、よかっちゃよ✌」
孝治は沖台に、飛びっきりのつもりである笑顔で返してやった。そのついでに、もうひと言。
「次からは孝治って、呼び捨てでよかっちゃけね♪ どうも『あんた』は他人行儀みたいでいかんけ♥」
沖台もすぐ、笑い顔で返してきた。
「ほな、おれも和秀でええで♥ 兄貴からはいつも名前で呼ばれとうさかい♧♢」
「孝治! なんか様子が変ばい!」
友美が草原に異変を感じたらしい話の急展開は、孝治と沖台が妙な意気投合をした、そのすぐあとだった。
孝治も速攻で、元の緊張を取り戻した。
「変っち、なんがね?」
孝治の問いに答える前に、友美は周辺を見回していた。
「急に鳥の声も虫の声もせんごとなったと♐ なんかとつけもなかことになりそうばい……☠」
「……そう言えば、お嬢ちゃんの言うとおりやな☠」
沖台も友美と同じように、周囲に耳を澄ませていた。
「……ほんなこつ☠」
孝治もその状態に、今になって気がついた。確かにたった今まで、けっこうにぎやかだった鳥の鳴き声などが、いつの間にか完全に沈黙。辺りが真空のような静寂に包まれていた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |