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『剣遊記W』

第三章 ワイバーン捕獲前哨戦。

     (7)

「裕志、ワイバーンが山のどこら辺に棲んじょるか、知っちょらんね✍」

 

 荒生田が狩猟の基本中の基本である質問を後輩裕志にぶつけた場所は、剣山中に広がる草原地帯のド真ん中。それも生えている樹木の背たけがそれほど高くなく、周囲の景色や岩山が、とてもよく見渡せる地形であった。

 

 だからもしも今、この場にワイバーンが飛んできたとしたら、たぶんひとたまりもあるまい――そんな物騒な現場でもある。

 

「ええっとぉ……そ、それはぁ……☁」

 

「ワイバーンが棲んどるのは、もうちょい山の奥地やで☀」

 

 いきなり尋ねられて返答に困っている裕志に代わって、沢見が物知り顔をして答えてくれた。

 

 さっそく荒生田が、これに身を乗り出した。

 

「おっ、よう知っちょうみたいやねぇ☆」

 

 すると沢見が、今度は鼻高顔になって応じ返した。

 

「ったり前やねん✌ 相手は凶暴で名高いワイバーンやさかい、とっ捕まえる前に敵さんの生態のひとつも勉強しとかなあかんで✌」

 

「エラかっ☆☆ さっすがは浪花{なにわ}の商人やねぇ♡ 裕志も孝治も、よう見習うっちゃぞ✍」

 

 自分だって大して勉強をしていないくせに、荒生田がひとりで踏ん反り返り。ふたりの後輩(孝治と裕志)に威張り散らした。これに孝治と裕志は、そろってやる気のない生返事で、荒生田に返してやった。

 

「「ふぁ〜〜い☁」」

 

 このように、いかにも絆の弱そうな未来亭戦士ふたりと魔術師ひとりの人間関係など、完全無視。沢見がワイバーンについての蘊蓄を続けた。

 

「ワイバーンは主に、険しい山岳の崖っぷちなんかにようおるそうやで♐ まあ一番確実なんは、棲みかを先に見つけて、その周りに罠でも仕掛けるっちゅうとこやろうなぁ✍」

 

「罠ねぇ……☹」

 

 沢見の弁説を右の耳から左の耳へと聞き流しながら、孝治は緊張を自覚している口振りでつぶやいた。

 

 実の話。孝治の両足は、先ほどから小刻みに震えていた。それというのも孝治は、ワイバーン級の大型怪物との実践が、今回初めての経験となるからだ。

 

 無論、今までも孝治は、怪物と戦闘を交えてはいた。だがそれらは大抵が、中型以下の小物ばかり。

 

 それでも記憶にある限りで最大だった怪物は、山口県内で退治を依頼されたヒュドラー{多頭蛇}であった。しかしこれとて、いざ戦いの段階になると、相手は生まれたての幼獣であったのだ。

 

「どげんしたと? 孝治☞」

 

 孝治の体の震えに、どうやら感覚的に気づいたらしい。友美が小さな声で、そっとささやいてくれた。

 

 これは一応、友美なりの気づかいであろう。そんな少女魔術師とは対照的で、涼子はその性格上のためか、今回も遠慮なしに、ズバズバと言ってくれた。

 

『やだぁ! 孝治ったら、それって武者震いのつもりけぇ?』

 

 これが孝治と友美以外に聞こえない設定が、今回も幸いした。だけど孝治はあえて、涼子に口答えを返さなかった。

 

「そんとおりばい……今回ばっかしは真剣に、命のやり取りになるかもしれんけねぇ……☠」

 

『……孝治ったら、それって真面目に言いよっと?』

 

 いつになく、表情の固さを自覚している孝治。そんな戦士を前にして、冗談半分でからかった自分を、涼子も真面目に反省している様子でいた。そのためか今度は、口静かにつぶやき直していた。

 

『本職の戦士ばここまで緊張させるなんち、いったいワイバーンって、どげな怪物なんやろっか……☠』


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