『剣遊記W』 第三章 ワイバーン捕獲前哨戦。 (12) 孝治は改めて、酒場の店内を見回した。
その結果、女性客は、孝治ただひとり。
彼らはワイバーン狩りをからかうついで。一行の中の紅一点(本人否定)である孝治に、しっかりと目を付けていたのだ。
「ア、 アホけぇ! おれは外身は女性なんやけど、中身は立派な男性っちゃよ!」
孝治は慌てて、真実(?)を叫んだ。しかし酒気の入っている男たちは、まったく聞き入れてくれなかった。もっともいきなり性転換した話など、一発で納得をするほうが、世の中の常識でみればどうかしている部類に入るだろう。
「姉ちゃん、こんな野暮な連中の仲間でいるより、俺たちんほうが楽しいぜよ♡♡」
「こいつらどうせ、ワイバーンのエサになっちまうきに☠♡」
などと勝手放題ぬかしながら、野郎ども三人が、順番で孝治の体をベタベタとさわりまくった。
彼らがいつ、ワイバーンと関わったのか。それは孝治にはわからなかった。だけど一度負け犬根性が沁み付いた輩は、品性までもが、とことん下劣になってしまうものなのか。
「うわっち! や、やめんねぇーーっ!」
孝治はたまらず、羞恥の悲鳴(?)を上げた。
その声と同時だった。
ボガアッ、ドサアッとにぶい音を立てて、男のひとりが床にバタッと倒れたのだ。
しかも仰向けで倒れている男の周囲には、なぜか砕けた木材の破片が散らばっていた。
「うわっち……えっ?」
不覚ではあるが、一瞬瞳を閉じていた孝治は、恐る恐る状況を見回した。すると倒れている男を見下ろす体勢で、荒生田が仁王立ちをしていた。さらにこのサングラス男の両手には、壊れかけている木製の丸椅子が握られていた。
これらの様子から考えて、荒生田が男をうしろから椅子でしばき倒したに違いなかった。
「先輩っ!」
当然孝治は、荒生田が自分を危機から、救ってくれたものだと思った。
このときだけ。
しかし次の荒生田の妄言で、孝治は見事にすっ転んだ。
「貴様らぁーーっ! オレの女{スケ}の尻にさわんやなかぁーーっ! さわって舐めてよかっちゅう男はこの世でただひとりっ! このオレ様だけやけねぇーーっ!」
「……あ、あんねぇ……おれがいつ、先輩の女{スケ}になったとねぇ! 元が男やっちゅうこと知っちょうくせにぃ!」
やっぱし先輩は、こげな人やけねぇ――と、わずか一瞬でも荒生田に恩義を感じたおのれが、孝治はなんだか、とんでもないほどに情けなかった。だけど複雑な感情でいる孝治は、早くもほったらかしにされた。それよりも自分たちが見ている前で仲間をコテンパンにされた残りの野郎どもが、逆恨みをあらわにした形相をしていた。
「おまんらあ! ようも義巣缶{ぎすかん}をやってくれたきにぃ!」
わめく勢いのまま、ふたり掛かりで荒生田に飛びかかった。
さらに話がここまで飛躍をすれば、もはや沢見にも裕志にも沖台にも、彼らはまるで見境なし。しかもそれなりに、腕に自信があるのだろうか。二対五の不利も構わず、真正面からケンカを挑んできた。
これにてたちまち、全国どこの酒場でも恒例。大乱闘の始まりとなった。もっとも孝治だけは女性扱いで、殴り合いからは除外の状態。また裕志は一発喰らって、早くもあえなくのびていた。
そんなわけでケンカは、荒生田と沖台だけが応戦の有様。二対二の形式となった。
なお、沢見は周囲を取り囲んでいる野次馬たちを相手に、即席で博打の胴元なんかを張っていた。
「さあ、集まったりや! 滅多に見れへん、戦士同士二対二の対決や♡ 勝ったほうに五倍の配当っちゅうのはどないや✌」
「なるほどぉ……あれが浪花商人のド根性ってもんけぇ……✍」
思わぬ所で資本主義の論理を見てしまい、孝治は大ゲサな思いで、沢見に再び感心した。そんな孝治の足元では、荒生田に椅子でしばき倒されて失神していた男が、今にも息を吹き返そうとしていた。
「まずか!」
こいつがケンカに復帰して、もしも三対二でもなったら、先輩たちが不利な状況は必定。孝治はすぐに、手近にあった丸椅子をつかみ上げた。
それからボカリと、ヒキョーにも弱って無抵抗に近い相手に、トドメの一撃をお見舞いした。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |