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『剣遊記W』

第三章 ワイバーン捕獲前哨戦。

     (10)

 孝治たち一行はとりあえず山を降り、地元の宿屋で部屋を取った。さらに宿を確保したあとは、近所の酒場で狩りの景気付けと情報収集を行なった。

 

 もちろん主目的は、酒のほうであるが。

 

「ぷはぁ〜……不味{まず}かぁ〜〜☠」

 

 酒は地元製造の濁酒{どぶろく}らしかった。だけど孝治の味覚には、まったく合わないシロモノだった。

 

 これは裕志も同意見のようである。ひと口飲んだだけで、あとはコップに手を触れようともしていなかった。

 

 そんな後輩ふたりを前にして、荒生田だけはどこがどう気に入ったものやら。すでに駆けつけ五杯も、胃袋に流し込んでいた。

 

「おっ? どげんしたや、おめえら? 遠慮せんでどんどん飲まんね☀☆」

 

「もうその辺にしときや☞ あしたは早いさかいな⛑ あんまり深酒したら、あしたの山道がきつうなるで✄」

 

 ここで沢見が止めに入らなかったら、それこそひと晩中、飲みっぱなしをやりかねないほどの酒豪ぶり。いつもの定番だけど。

 

 それはそれとして、孝治はやはり、気になっていた。それは孝治にとって口に合わない濁酒を、なぜか荒生田が、平気な顔をして飲んでいる点だった。

 

「先輩っち……あげん味音痴やったろっかねぇ?」

 

 孝治はこっそり尋ねてみたが、質問の相手である裕志も、なんだか困惑の顔でいた。

 

「まあ……確かに日本中どこ行っても、酒の味にはこだわらん人なんやけどぉ……実際濁酒やろうと蝮酒やろうと、いっちょん平気でなんだって飲みよったし……☁☂」

 

「うわっちぃ〜〜! それってマジぃ〜〜☠」

 

 孝治は思った。危険を感じて友美と涼子を宿屋に残させたのは、ほんなこつ正解やったかもしれんっちゃねぇ――と。

 

 なにしろふたりが荒生田のゲテモノぶりを耳にしたら、どんなにか気持ち悪がる話になるものやら。いや、涼子なら反対におもしろがったりして。

 

「兄貴ぃ♡ 村の長老から聞いてきましたでぇ☀」

 

 そんな酒の宴もたけなわとなったころ。近所に聞き込みに出ていた沖台が、ガチャガチャと音を立てて帰ってきた。

 

「ほう♪ どないな話や?」

 

 すぐに沢見が聞き耳を立てた。沖台は開いた席に着くなり、報告とやらを始めた。

 

「へい☆ なんでも長老の話じゃ、この剣山一帯のワイバーンの数は、どう低く見積もっても、およそ三千は下らないそうなんですよ✍ そやさかい、もしおんしらが本気で生け捕る気があるんやったら、こっから東の方向にワイバーンがよく羽根を休めるのに集まる湖があるきに、そこで待ってたらええって言うんですけど☞」

 

「湖けぇ……水場で獲物に罠ば仕掛けるっち、狩りの定番やけねぇ☛」

 

 沖台の報告を聞いた孝治は、なんとなく緊張感が高まる思いでつぶやいた。その一方で沢見は無言になって、なにかを考える素振り。両手を組んで、頭をひねっていた。それからいまだ濁酒をご賞味中である荒生田に、話の矛先を変えた。

 

「どうでっしゃろ、荒生田はん✍ とりあえずあしたは、その湖とやらに行ってみまへんか?」

 

「やけど、湖っちゅうても話だけやし、どげな場所かもわからんけねぇ✐」

 

 珍しくも今回、荒生田も慎重気味だった。これは孝治にも意外であった。

 

(やっぱ相手がワイバーンやけ、先輩かて考えるっちゃねぇ✄)

 

 だが、沢見が荒生田に言った次のセリフも、孝治にとっては意外の範疇に入る内容だった。

 

「別に慌てることはありまへんがな♐ 大層にワイバーン狩りや言うたかて、別に締め切りがあるわけやあらへんのや☆ ここはとにかく、確実に仕留めるためには、時間っちゅうもんがいくらでも必要やさかい✌」

 

「そうやな……そげんすっか☝」

 

 荒生田が沢見の言葉に、コクリとうなずいた。

 

(こん沢見っちゅう人、話の仕方も先輩よか一枚も二枚も上手{うわて}みたいっちゃねぇ✍ くわしい事情はよう知らんとやけど、先輩も沢見さんの舌に丸め込まれて、コロッと意気投合ばしたんかもねぇ♥)

 

 孝治は改めて、沢見の人心掌握術に感心した。ところが、そんな席にであった。

 

「おい、聞いたかよ☀ そこのあんちゃんらぁ、ワイバーンを捕まえるっちゅう気らしいきに☠」

 

 孝治一行のワイバーン狩りが耳に入ったらしい。酒場の別のテーブルから、まるで某グルメ漫画の端役が言いそうな、挑発的野次が飛んできた。


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