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『剣遊記番外編V』

第二章 深山の狼少女。

     (7)

 食事を済ませたあと、可奈は珠緒のベッドを、これまた強引に拝借した。また美香は美香で、こちらもカモシカのまま、床にうずくまって眠りについていた。

 

 床は木の板を敷き詰めているだけだが、美香は一向に構わないようだ。

 

(それにしたってあいつ……狼女🐺ってねぇ……☁ これって、女の野伏より珍しいだにぃ……✍)

 

 寝床についても瞳が冴えていたので、可奈はいつの間にか、考え事に熱中していた。

 

(狼男やったら確か未来亭にもおったと思うずらけどぉ……そいつの名前は忘れちまっただにぃ……

 

 当の狼男(名前は枝光正男{えだみつ まさお})が今の可奈のつぶやきを聞いたら、きっと泣いてくやしがるに違いない。もっともそいつとは、もともと接点など皆無なのだが。

 

(女のワーウルフって初めて会{お}うた珍しい人やさけぇ、もうちっとべぇくれえ付き合ってみようかや♡ どうせ早く帰っても、次のごしたい仕事さ言われるだけやさけぇ、こいつのほうが断然おもしろそうずらぁ♡)

 

 そんな風で眠れない夜ともなれば、ほんの小さな物音でも、しっかりと耳に入るもの。

 

「あらぁ?」

 

 ギギィ〜〜っと音がして、可奈はそれが、珠緒が寝ている部屋から響いたことに気がついた。

 

 珠緒はふだんなら自分が寝ているベッドを可奈から取り上げられたので、仕方なく隣りの部屋のやはり床で、毛布をかぶっているはずであった。しかし今の音は扉が開くような感じだったので、もしかしたら珠緒が家から外に出たのかもしれなかった。

 

「なにやってんだにぃ? 今ごろ……⛑」

 

 つい興味を感じて、可奈はベッドから起き上がった。

 

 黒衣は脱いで壁にかけてあるので、今着ている服装は、薄手の下着だけとなっていた。もっとも山小屋の周辺にスケベな野郎どもなど、ふつうに考えれば存在しそうになかった。従ってその点だけならば、特に警戒する必要ねえずら――と、可奈は楽観的に考えていた。

 

 その警戒心の薄れはとにかく、小屋自体は全体にガタがきて、けっこう隙間だらけとなっている、珠緒の家であった。そこで可奈は、扉の隙間から、隣りの部屋を覗いてみた。すると案の定、珠緒も起きていた。それも今から、外出しようとしているようだった。彼女の右手には、火が灯されたばかりのような角燈{ランタン}が握られているので。そうなると先ほどの音は、珠緒が起きたとき、床がきしんだのであろうか。まあ、どちらにしたところで、結論は同じようであるが。

 

 ここで有り難い話。珠緒の部屋にはロウソクが灯されていた。だから彼女の今の様子が、手に取るようによくわかった。

 

「やっぱ……外に出るみたいだにぃ☛ あたしもついてみるずらか✈」

 

 可奈のつぶやきなど聞こえる様子もなく、思ったとおりだった。珠緒が角燈を右手で持ったまま、夜の森へと出かけていった。

 

 どうやら彼女は、突然の来客(可奈と美香)が完全に熟睡しているものと、決め込んでいるようである。


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