『剣遊記番外編V』 第二章 深山の狼少女。 (5) 珠緒が住んでいる家は、粗末な木造の掘っ建て小屋だった。それも可奈の感覚ではとてもではないが、人が暮らしているとは思えないシロモノだと言えた。
このような可奈の住居に対する偏見など、珠緒にとっては知らぬが仏であろう。とにかく鍵の架かっていない入り口の扉を右手で押して、まずは家主である珠緒から先に中へと入った。
けっきょく珠緒は、裸のままで山中を歩きどおし。早い話が、彼女は猟で家を出たときからずっと狼でいたので、野外では最後まで全裸でいた状態になるわけ。
「家族はおらんのけ?」
可奈は珠緒が『ただいま』も言わず家に入ったことに、多少の不思議を感じていた。すると女野伏が、可奈につっけんどんな言葉を返してきた。
「そんなのいないよ☹ ここにはわたしひとりなんだえ♦♢」
「ひとりって……どうしてずら?」
可奈の再度の質問にも、やはり返答はつっけんどんでいた。
「なんでかは知らないけど、藤ノ木家は代々、子供が年ごろになったら本家の山を離れて、別の山でひとりで暮らすしきたりになってんのさー♐ おかげでわたしは十五になって、気ままなひとり暮らしをさせてもらってんだけどね♠♣」
「ふぅ〜ん♤ そうけぇ♧ じゃあ、おんしは美香と同い年ってことだにぃ♠」
部屋に入ってようやく、可奈は珠緒に着衣を許可してやった。これでもって、いまだ裸でいる者は、美香ひとり(?)だけとなったわけ。ちなみに珠緒の服装は、野生動物の毛皮(テンやカワウソなどの高級毛皮動物のようである)を、着物風に加工しただけの、極めて簡素なシロモノだった。ただし、それでもさすがは女の子――とも言えた。その理由は脚線美が丸出し。おまけに靴までが同じ感じの素材で作られており、これは見ようによっては女忍者――くノ一風でもあるが、これだとこのまま街に出たとしたら、かなり目立つであろう奇抜な格好であった。
(確か……美奈子の弟子の高塔千秋{たかとう ちあき}ってのが、やっぱこんな服着てただにぃ……✍)
あまり思い出したくはないのだが、天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}の弟子の格好に似ていると、声には出さずに可奈は考えた。
ここで長い黒髪をうしろで束ねながら、珠緒が逆に可奈に問いかけた。
「カモシカんまんまでおるからわからんかったけどぉ……そうなの☆ 美香さんって、わたしと同い年やったんだえー★ で、可奈さんのほうは、いったいいくつなの?」
「あたし……? 十九歳ずら……☁」
一応、一切のごまかしはしなかった。しかし珠緒の反応は、まさに過剰といえる感じでいた。
「ほんと☆ あなたって見た目より、ずっと若かっただえー☀♡」
「そりゃどう言う意味ずら♨」
可奈はこれまた、思わずムカッ腹を立てた。それでも珠緒は本心からのような不思議そうな顔をして、可奈の頭のてっぺんから足のつま先まで、興味深げに瞳で全身を舐め回してくれた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |