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『剣遊記番外編V』

第二章 深山の狼少女。

     (4)

 可奈と美香は狼少女を先頭に立て、山中にあるという、彼女の家まで案内をさせた。

 

 なお、道の途中で尋ねた彼女の名前は藤ノ木珠緒{ふじのき たまお}。丹沢山中にて、代々猟をして暮らしている野伏の一族だと言う。

 

 ちなみに野伏とは、山地や森林などに居を構え、自然の中で猟や農耕を行ないながら森を管理する仕事を営む、言わば自然保護管理官――のような職業である。

 

 それはそれで良しとして、可奈の知識の中でも、女性の野伏は大変に珍しい存在だった。今まで可奈の出会った野伏は、大抵が男性ばかりであったので。

 

 その女野伏――珠緒が恐る恐るの口調で、可奈に尋ねた。山の中の獣道を先頭で進みながら、うしろをちょこちょこと振り返りつつで。

 

「ねえ……わたし服が無いから、そろそろ狼🐺に戻ってもいいじゃんかよぉ☠ さっきからずっと、裸のまんまなんだからさぁ☁」

 

「だちかんずら♨」

 

 珠緒の哀願を、可奈はひと言で却下した。珠緒に山の中を先導させている可奈は、彼女が狼から人に戻ったときの姿――つまり全裸のままで、野外を歩かせていた。もちろん裸足でもあった。

 

 自分はしっかりと黒衣を着用しておきながら、そこのところは底意地の悪さを自認している可奈である。あたしの服さ貸してあげるずら――という、わずかな気づかいさえも見せようとはしなかった。

 

「美香さ襲った罰ずら☠ もうちっとべぇそんまんまでいてもらうだにぃ♐ それにおめさが狼さなったら、会話がなからできんで困るずらよ✄」

 

「もう! ほんとにぼこすほど意地悪なんやねぇ♨」

 

 珠緒がほっぺたを、プクッとふくらませた。だけども可奈は、一切お構いなし。手前勝手な質問を続けるだけの態度を継続させた。

 

「ところでおんし……珠緒が野伏で猟師で……ワーウルフなんはわかったんだけど、どうして狼さなって美香と戦ったんけ? さけぇ、美香がなんかしでかしたかや?」

 

「別にそんなんじゃねー☠」

 

 ふくれた顔のまま、珠緒が可奈の問いに答えた。

 

「カモシカっとか他にイノシシっとか、それにシカとかクマとかなんか狩るときは、狼になってやったほうが、成功率が高いってだけじゃけー♠ せっかくワーウルフに生まれたってのに、それを活用しない手なんてできんだべぇ☀ そんなわけで、わたし美香さんを、ふつうのカモシカって思っちゃったもんで、つい……ね☺」

 

 可奈も一応うなずいた。

 

「まあ、それくれえなら納得できる言い訳ずらねぇ♠ でもおめさはニホンカモシカが特別天然記念物ってこと、知らねえかや?」

 

 これに珠緒が反論を返した。全裸とはいえ、毎日歩き慣れているのだろう。山道をなんのためらいもなし。まっすぐに前進しながらで。

 

「そんなの狼には関係ないことだもんね♐ それに黙っとったら、誰にもわからんことじゃんかよー☠」

 

「まあ、確かに動物には人間が勝手に決めた法律なんて、関係ねえ話ずらねぇ☻」

 

 両肩を軽くすくめながら、可奈は自分の左隣りを四本足で歩いている美香に、ふと瞳を移した。この期に及んでも相変わらず、人に戻ろうとはせず、カモシカのままでいる自分の親友を。

 

 美香はただ黙々と、可奈と珠緒に付き従うのみの態度であり続けていた。

 

 あっ、現在カモシカ中だから、黙々は当たり前か。


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