『剣遊記番外編V』 第二章 深山の狼少女。 (2) 「美香ぁっ! ここはあたしに任せるずらぁ! 火炎弾くれて吹っ飛ばしてやるだにぃ!」
この場は当然、親友の援護である。可奈は狼に向け、攻撃魔術の構えを取った。
試射はすでに実行済み(巨大ガニ相手)であるから、呪文も簡潔短めでよかった。
ところがであった。突然乱入した魔術師が攻撃の構え(両手を前に突き出すポーズ)を見せるなり、表情こそわからないものの、狼は明らかに怯えの仕草で、一歩も二歩も――いや十歩も二十歩も後退したではないか。
本来野生の狼ならば、人の魔術など、理解の範囲外であるはずなのに。
もっとも可奈としては、このような狼の変な行動など、それこそ知った話ではなかった。
「行くだにぃーーっ!」
気合い一閃! 可奈は雄叫びを上げた。ふだんはやらない掛け声だが(実際恥ずかしいし😅)、ここには自分以外では、美香と狼がいるだけ。そこのところの遠慮は必要なかった。それから前方にかざした可奈の両手から、今にも炎を噴き出そう――かとする寸前だった。
「えっ?」
可奈の瞳の前にいる狼に、ある劇的な変化が発生した。これには逆に気勢が削がれ、実体化しかけていた炎の塊が、ボシュッと小さな音と共にしぼむ事態となった。
「こ、こいつ……なんずら?」
「ぴぃ〜〜?」
可奈と美香の、そろって見つめる前だった。狼がうつ伏せとなって、地面に腹を付けてしゃがみ込む姿勢を取った。それから狼の肉体が、明らかに別の生物への変貌を遂げようとしていた。
まずは全身を覆っている茶色の剛毛が、みるみると薄れていった。それがやがて、すべすべとした毛の無い素肌へと変色。手足も丸みを帯びて長く伸び、五本の指へと変形した。
瞳が獣の紫から漆黒へと変わったとき、狼だったモノが、二本の足ですくっと立ち上がった。
その立ち上がったモノが、人の言葉でしゃべった。
「待ってくんなぁ! わたしはほんとの狼じゃねーー! ワーウルフ{狼人間}なんだけー、魔術で攻めんでぇ!」 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |