『剣遊記番外編V』 第二章 深山の狼少女。 (13) 可奈の見下ろす前方、森を抜けた広い野原に、およそ二十人くらいの集団がいた。
彼らは全員、三角形の白い頭巾を頭からかぶり、これまた白い装束で全身を包んでいた。
もちろん口も鼻も、すべて覆い隠していたが、それでもただふたつ、両目の部分だけがまるで洞窟のように、白い中に黒の穴を開けていた。
これでは完全に、男女の区別さえもわからなかった。
その彼ら――白い集団の中央には、木材を組んだ簡易な階段型の祭壇がこしらえてあり、明々とひとつの篝火{かがりび}が燃やされていた。
なんのことはなかった。ウィル・オー・ウィスプと錯覚をした光は、この灯火であったのだ。おまけにこの祭壇形式は、可奈の知識にしっかりと記載がされていた。
(あたし、知ってるだにぃ……これって悪魔崇拝の儀式ずらぁ!)
この広い世間の中には、神ならぬ悪魔を称える者たちが存在する。可奈も噂では、そのような話を聞いていた。またそういった連中はたいがい、未開の地のような深山奥地などに本拠を構え、人知れずおぞましい儀式を続けているのだという。
昔、山賊だった経歴のある可奈も、そのときの手下から、悪魔儀式の話を聞かされていた。さらにそれらには絶対に手出しをしないよう、山賊たちから懇願までもされていた。
荒くれ男たちの集まりである山賊でさえ、悪魔崇拝集団を、心底から怖がっているのだ。
なお、実際にそうだとすれば、ここで彼らが崇拝を行なう悪魔に、今から生け贄が捧げられるかもしれなかった。そのような事態に到れば、それこそウィル・オー・ウィスプ以上に危険な状態である。
(……ま、まさかだにぃ……☁)
などとは思いつつ、可奈は周囲を見回した。するとその生け贄らしいモノが、祭壇に連行をされていた。
首を太い荒縄で縛られた、成獣の牡鹿{おすじか}が。
(ふう……良かったずらぁ……♠)
シカには気の毒であった。だがとりあえず人ではなかったので、可奈はリスの姿で安堵の息を吐いた。
しかし角が立派な牡鹿は、自分が今からなにをされるのか、まるでわかっているかのごとくだった。自分を抑えつけている人間たち相手に、猛烈な抵抗をしまくっていた。
だが、しょせんは多勢に無勢。白装束たちから十人掛かりで力任せに体と角を抑えられ、無理矢理祭壇の上までかつぎ上げられた。
まさにこの状態は、『まな板の鯉』ならぬ、『まな板のシカ』と言えようか。
その祭壇上では、綺麗に研ぎ澄まされているとしか思えない斧を持つ筋骨隆々の白装束が、手ぐすねを引いて待ち構えていた。
全身をすっぽりと白い衣装で隠しているのに、可奈の位置からでも体付きがわかるのだから、これは相当な筋肉ムキムキ男であると言えた。
ここでぴいぃぃぃぃ……と、おのれの運命を悟ったかのようだった。牡鹿がか弱い最期の悲鳴を上げた。それを合図としたのか、筋骨隆々の白装束が、持ち上げた斧を一気に振り落とした。
ズシャアッッとたったのひと振りで、シカの頭と胴体が、見事に斬り離された。無論切断面からは、まるで堰が切れたかのように鮮血が噴き出し、祭壇をたちまち赤一色に染め上げた。
(やっぱ残酷ずらぁ……もう逃げるだにぃ……☠)
このような危ない連中と関わったら、必ずやこちらの身まで危険が及ぶ。可奈はこれ以上の見物をやめにして、ただちにこの場から立ち去るようにした。そのときついでに、ひとつの疑念が、可奈の脳裏に湧き上がった。
(……珠緒ったら、いつん間にかいなくなっただに……まさか、あれだちの仲間じゃねえずらか……きゃっ!)
「ちっちっ!」
そんな疑いを抱いたとたんだった。可奈は木の枝から足(リスだから後ろ足)をすべらせせた。
『猿』――ではない。『リスも木から落ちる』の実例だった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |