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『剣遊記番外編V』

第二章 深山の狼少女。

     (11)

「ちっちっちぃーーっ!(ああっ! いねえずらぁーーっ!)」

 

 どのくらい眠っていたかは、もはやわかりようもなかった。だがふと目が覚めてみれば、眼下の小川に珠緒の姿はなかった。そんな事態に気がついて、可奈はこれまた、大いに慌てふためいた。

 

「ちっちっちっちっ!(珠緒ったら、ひとりで先に帰ったずらねぇーーっ! くやしいーーっ♨)」

 

 しかし今さら憤慨したところで、しょせんは後の祭り。そもそも珠緒は、可奈の追跡尾行を、まったく知らないでいたのだから。

 

 ただ、辺りはまだ真っ暗なので、現在の時刻は恐らく、草木も眠る丑三つ時のようである。しかしこうなれば、まだ陽{ひ}が昇らないうちに、急いで珠緒の家まで戻らなければならない。もしも狼少女――珠緒が、来客(可奈)がベッドにいないことに気がつけば、これはこれで一大事――と言うか、とても面倒な状態になるだろう。

 

 今さらこちらが怪しく思われる話は、非常にややこしい面倒事でもあるし。

 

 幸いと申しては言い方に語弊があるものの、本来夜行性であるリスは、夜目がとても利いていた。だから暗い夜の闇の中、迷うはずもなく可奈は、珠緒の山小屋を目指して森の中を駆ける行動が可能であった。ところが森の脇で、小さな灯火が光っている状態にも、樹木の上からで可奈は気がついた。

 

(なんずら? あれ……)

 

 もともとから可奈は、好奇心が人一倍旺盛でもあった。そこであせる足をその場で停め、可奈は木の枝の上から、その様子を窺{うかが}い見た。


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