『剣遊記番外編V』 第二章 深山の狼少女。 (10) (いってぇ、どこさまで行くつもりずらぁ? もうこんねんまく(長野弁で『こんなに』)家から離れたって思うんだにぃ……☁)
可奈自身はそろそろ疲れを感じ始めているのだが、珠緒の夜のお散歩は、まだまだ継続中でいた。
珠緒が角燈{ランタン}で夜道の先を照らしているので、彼女の姿を見失う事態にはならなかった。しかしそれでも、可奈は自分の行動(尾行、追跡)に、だんだんと疑問を感じる気持ちになっていた。
(なんか、おめってえ気になってきたずらぁ〜〜☠ もう帰るずらかなぁ? ふぁ〜あ〜〜☁)
リスの姿でいても、しっかりとアクビは出るものだ。そのアクビを出しきったところで、ようやく珠緒が立ち止まってくれた。
可奈にとっては、見覚えがある場所で。
(なんだぁ? ここって、昼間あたしが泳いだ川だにぃ☟)
もしかして珠緒も、この川でひと泳ぎするずらか――などと思って、可奈は木の上の枝から、様子を眺め続けた。すると案の定と表現するべきか。珠緒が服(今まで記していなかったけど、しっかりと野伏の服を着ていました)を脱ぎ始めたではないか。
(なぁ〜んだ♠ やっぱこん夜中に水浴びさしに来ただけだにぃ♨)
なんだかほっとしたような。それとも腹が思いっきりに立つような。そんな思いでいる可奈から覗かれていようとは、たぶん永遠に知らないままであろう。服を全部脱ぎ終わって全裸になった珠緒が、チャプンと水の中に両足を浸していた。
暗闇に白い素肌(夜中であれば、多少の日焼けは目立たない)が、クッキリと浮かんで見える光景。どうせだったら暑い昼間、水に入ればええずらに、なにを好き好んでこんねんまく夜中に、水浴びするだにぃ☠ まったく、文句こきてえほど人騒がせな――そんなひとり立腹中である可奈を、突如急激な睡魔が襲ってきた。
(あ……気ぃ抜けちまったら、ほんに眠とうなってきただにぃ……♯)
けっきょく可奈はリスに変身しているまま、木の枝の上で、しばしのまどろみにつく結果となった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |