『剣遊記14』 第一章 私は見た。 (9) 「誰?」
正直、二島の長広舌に辟易していた孝治はこれ幸いと、一番で立ち上がってドアに足を向けた。それからドアの向こう側にひと言。
「みんな中んおるけん、入ってよかっちゃよ☀」
「じゃあ、失礼ばして♠」
ガチャッとドアを開いた者は、裕志と由香のふたりであった。
「うわっち! 裕志、また長い旅から帰ってきとったっちゃねぇ☀ ん? どげんしたとね? なんかかしこまってくさ♐」
「う、うん☁」
旅帰り早々とはいえ、なんだかいつもと感じの違う様子の裕志を見て、孝治もだんだんと、とまどいの気分になってきた。
しかもふだんであれば、仲の良い恋人同士のこと。ひさしぶりに会えた反動で、仲睦まじい姿を周囲に見せびらかしてくれるもの。それがきょうに限って、ふたりそろって、やや暗めの表情をしているのだ。
「おや? なにやらお初にお目にかかるお方もおられるようでんなぁ♡ これは初めまして、この私、エルフで吟遊詩人を生業とさせてもらってはる、二島康幸と申す者でんがな☀」
友美(と二島だけが知らないだろうけど涼子も)相手に聞かせていた長い話を中断させて、二島も裕志と由香に顔を向けた。もちろん初顔は裕志である。その裕志が慌てて挨拶を返した。
「は、初めまして……牧山裕志です☁ 魔術師です☃」
「う〜む、なにやらお元気なさそうでんなぁ☢ いったいなにがおましたんや?」
「はい、実はぁ……♋」
部屋に来たときからの憂鬱そうな顔を持続させ、裕志が二島――それから孝治と友美にも顔を向けて答えた。
「きょう帰ってみたら、初めて会{お}うた夜越徹哉くんっちゅうのを先輩から押し付けられて……やない友達になって、それはそれで良かなんやけど、けっきょくまた先輩に呼ばれて店長執務室に行ったとですが……♋」
話を横で聞いて、孝治はすぐにピン💡ときた。
「そん徹哉っちゅうのやったら、おれも友美もよう知っちょうっちゃよ♐ そうけぇ、徹哉がまた来たとやねぇ♡」
「おもしろか人やったねぇ♥」
『その子、なんかとぼけた感じがええっちゃねぇ☺』
孝治も友美も、それに涼子もなつかしかぁ〜〜の思いになった。だけど裕志の次の話によると、どうやらその徹哉とは別の問題で、彼は頭を悩ましているようだ。
「で、執務室ば行ってみたら、店長んとこにも二島さんと同じみたいに、きょう初めてお会いするお客さんがおったとやけど、その人がなんか超変わりモンやったと☠ やけんぼくも由香も、その人の毒気にいっぺんにやられてしもうたんばい☢ やけど先輩とはなぜか、妙に気が合{お}うたみたいで、それでなぜか孝治の話題になって、そん変わりモンの人が性転換した孝治ばぜひ見たいがや……とか言{ゆ}うて、先輩がぼくと由香に言{ゆ}うたっちゃよ☢ 孝治ばここに連れてこいっちね☠ やけん孝治、いっしょに来てくれんね☂」
本当に申し訳なさそうな顔になりながら、裕志が両手のシワとシワを合わせて頼み込んだ。
「ごめんばいね、孝治くん☻」
由香も同じポーズを決めていた。
孝治はこの後の事態の悪い方向での進み方に、ほとんど暗鬱な気分となった。もっともこの場に裕志がいるという状況から予測をすれば、当然当たり前的に考えられる事態でもあったのだが。
「……わかったっちゃよ☠ 先輩には絶対逆らえん裕志の立場もあるっちゃけ、おれが行けばよかろうが♨」
覚悟を決めた孝治は、座り直していた丸椅子から、再度重い腰を上げた。
「なんや、おもろそうなことが起こりそうでんなぁ♪ ほな、この私も同伴させてもろうてもええかいな?」
さらに、元々好奇心旺盛の塊が、竪琴を背負っているような男である。エルフの二島も、座っていた椅子から、孝治に続いてスラッと立ち上がった。
『おもしろそう☆ あたしたちも行くっちゃね✌』
「もちろんちゃよ✌」
涼子と友美の野次馬も、当然の展開と言えるだろう。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |