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『剣遊記14』

第一章  私は見た。

     (10)

「店長、入ります……♋」

 

 孝治の先頭で、一行は店長執務室のドアを開いた。

 

「そんなに畏{かしこ}まってにゃーで、早く入るがええがや」

 

 開いた部屋の中から早速、未来亭店長である黒崎健二{くろさき けんじ}氏の声がした。同時に――だった。

 

「ほほう! これがチミの言{ゆ}うとった、性別がえれぁあ変わってしもうた戦士の彼女だがきゃあも☛ えれぁあおうじょうこくだぎゃなぁ☆」

 

 いきなり――しかもかなりに失礼な戯言{たわごと}から始めてくれた男は、服装こそ一応ふつうの――と言うより、まるで理科の教師が着るような、白い上着と灰色のズボンで決めていた。

 

 しかし、服装以外の本人そのものが、完全に異常。まるで牛乳瓶の底みたいなレンズの厚いメガネが、特に一番の大特徴。さらに前髪がうしろのほうに後退気味な、実に不気味極まるヤローだった。

 

 おまけで言えば、ノーネクタイでもあるし。

 

「な、なんね、こん人……♋ それに本場モンの名古屋弁ばしゃべりよう……☛☛」

 

 孝治は思いっきりに、点目の気持ちとなった。まさしく黒崎店長がいつも使っているニセモンの名古屋弁とは大違い――これは言わないようにした。それよりも孝治は、執務室のソファーから立ち上がった牛乳瓶メガネと対面する格好で座っている、ニセ名古屋弁の使い主――黒崎氏に訊いてみた。

 

「て、店長……この変な……い、いえ! このお方は、どちら様なんですか?」

 

「ああ、実はこの方は……」

 

 しかし黒崎が返答をする前に、孝治に黄色い声をかける者が、やはり執務室に居座っていた。

 

「いよおっ! 孝治ぃ! 相変わらずチャーミングっちゃねぇ☻☻」

 

「うわっち! 荒生田先輩っ☠☠」

 

 裕志が最初に言ったとおり、荒生田も牛乳瓶メガネの右横に座っていた。つまり要するに、部屋の中にはヤローが三人だけ。店長の秘書である光明勝美{こうみょう かつみ}の姿は、なぜかどこにも見当たらなかった。だけど今はそれどころではないので、彼女の件は不問。ついでに荒生田に対して孝治は、ガン無視の態度で押し通してやった。また黒崎もサングラス😎野郎には構わないで、孝治の最初の問いに、やっとで答えてくれた。

 

「繰り返すがや、この方は僕の古くからの友人で、名前を日明春城{ひあがり はるき}さんと言うんだがね。僕からもどうかよろしく頼むがや。実は、きょうこの未来亭を突然訪れた理由は、ちょっとした忘れ物の回収だと言うんだがね」

 

「店長のお友達さんなんですかぁ……☁」

 

 本心で言えば友達うんぬんなど、孝治ははっきり言って、どうでも良かった。また忘れ物うんぬんも、孝治は一切関わる気はなかった。

 

 それよりもいったい、これからなにを頼まれる展開やら。こちらのほうは、皆目見当もつかなかった。


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