『剣遊記14』 第一章 私は見た。 (7) 荒生田が目――と言うか、大きな隠れた特徴である三白眼――を付けた少年は、黒崎店長とまるでおそろいのような、紺色の背広とズボンを着用。おまけに赤いネクタイまでひけらかしていた。もちろん顔付きその他は全然似ていない感じなので、店長との血の繋がりはなさそうだった。
その少年が荒生田に向け、ご丁寧にも頭をペコリと下げた。それから自己紹介を、荒生田がまだなにも言っていないうちから、勝手にペラペラと始めだした。
「ボクノ名前ハ、夜越徹哉{ヨゴエ テツヤ}ト言ウンダナ。ドウカヨロシクオ願イスルンダナ」
「なんや、こいつ?」
荒生田はもろ拍子抜けしたような顔になって、とりあえず由香のほうに向き直した。
由香はすぐに、たぶん営業用だろう、ニコやかそうな笑みになって答えた。
「徹哉くんって、店長のお知り合いのまたお知り合いなんですって☺ やきーこげんして、時々未来亭に遊びに来よるっちゃよ☻」
「店長のお知り合いなんですかぁ☺ まあよろしく、魔術師やってる牧山裕志です✌」
自分自身でも根拠がわからないのだが、なんとなくの親近感を抱いた裕志が、右手を徹哉の前に差し出した。
「ボクノホウコソ、ヨロシクナンダナ」
これに徹哉も右手で返し、簡単な握手が行なわれた――はずだった。
「痛っ! それに冷たっ♋」
裕志は徹哉の手の感触に、異常極まる力強さ――同時に異常な硬度と低体温性を感じた。
「き、君……けっこう手が固いとやねぇ♋」
「ソレハドウモ、ナンダナ」
裕志はツバをゴクリと飲むような気持ちになって、差し出していた右手を引っ込めた。無論荒生田のほうは、そのような様子である後輩に関心はなかった。むしろ自分の知らなかった店長の知り合いとやらに、大きな興味を感じている風でいた。
「ふぅ〜ん、店長の顔が広かこつは知っとったっちゃけどねぇ……☁」
そこで再び、荒生田は由香に尋ねた。その他の給仕係たちはなにかと徹哉ばかりを取り囲んで、チヤホヤの繰り返しをしているので。
「で、店長の知り合いっち言いようこいつは、いったい何モンね? オレとしちゃあ初耳やけねぇ☏」
「それがやねぇ☛」
これにも由香は、一応丁寧に答えてやった。本音で言えば、このまま面倒臭い荒生田を徹哉に釘付けさせてしまえば、早いとこ裕志といっしょになれるからだ。
「そのお知り合いっちゅうのがもうひとりおって、そん人が店長の一番のお知り合いで、徹哉くんはその人の助手ばしちょうらしいんよねぇ☺☻ やけんそん人は今、店長と二階で会{お}うとうとこばい☚ いつもんどおり、執務室やけね☝」
(ちゅうことやけん、あんたはさっさとこっから行ってくれんやろっかねぇ☻)
今のが由香の腹黒い本心である。その期待はすぐに叶えられた。
「ゆおーーっしぃーーっ!」
元々好奇心旺盛である荒生田が、速攻で階段へと足を向けた。
「オレちょっと、そん店長のお知り合いとやらに会{お}うてくるけ☻ その徹哉とやらは裕志に任せるけねぇ♫♬」
まさしく由香の願望以上の素早さで、荒生田は次の行動へと移ってくれた。
「えっ? 任せるって……ぼくはなんしたらよかっちゃですか?」
初対面の者をいきなり任される。一般社会でもけっこうむずかしい役割を急に押し付けられ、裕志はとまどい気分丸出しで、目の玉が見事な真ん丸となった。
そんな裕志に徹哉が言った。
「デハ、ボクトヨロシクオ願イシタインダナ。トコロデコノ世界ニオケル魔術デンデン……ジャナイ、ウンヌンニツイテ、今魔術師ト自己紹介シテクレタ裕志サンニ、イロイロト訊イテミタイコトガタクサンアルンダナ。マズ第一ニ、魔術ト科学ノ整合性ニツイテ言及ヲシテミタインダナ」
「……☁」
裕志は絶句した。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |