『剣遊記14』 第一章 私は見た。 (6) 「たっだいまぁ〜〜☺」
「今帰ったよぉ〜〜☕」
なんだかんだで、荒生田と裕志が未来亭に帰ってきた――のだが、誰ひとりとして、出迎えてはくれなかった。
裕志の恋人であるはずの、一枝由香{いちえだ ゆか}でさえも(荒生田未公認)。
「おい、こりゃいったいどげんことや?♨」
「ぼ、ぼくに聞いたかてわかりましぇんちゃよ☂」
荒生田が裕志に、理不尽な噛み付き方をした。しかし確かに寂しい話ではあるが、これでも割とこのような状況に、荒生田自身は慣れていた(これはこれで嘆かわしい話でもあるが)。ところが中身が楽天家の先輩とは違って、由香までが出迎えにいないことに、裕志は少なからずの衝撃を受けていた。
「まさかぼくたち……みんなから愛想ば尽かされたとでしょうかぁ……♋」
「アホ抜かせ! オレみたいな人気モンに、そげなことあるまいが☻」
荒生田が右手でバシッと、裕志の後頭部をぶっ叩いた。
「痛っ!」
それはそうとして、これでも店自体は、平常どおりに営業をしている感じでいた。見回せば店内の酒場に一応客たちはいるのだが、ある重大な部分が欠落中。それは給仕係たちだけが、ひとりも見当たらないのだ。
これはこれで不可解な現状だが、荒生田は早くも落ち着きと平静さを取り戻し、手近にあった椅子に、ドスンと腰を下ろした。
「まあ、よかたい♨ 店ん中でちょっくらひと休みしとこうけ☕」
「そ、そうですね……♋」
裕志も右隣りの椅子に座った。そこへ丁度と言うべきか。厨房から問題の給仕係たちが、なにやらワイワイと顔をそろえて参上した。
もちろん先頭は由香であった。
「あっ! ひろ……!」
すぐに裕志が帰っているところを見つけた由香だった。だけどその横に、おまけ(荒生田)もくっ付いていた。由香は続くはずだったセリフを、即ノドの奥へと飲み戻した。
ついでに裕志のほうも声を出そうとしたのだが、すぐに自分の口を自分の右手で抑えた。
このようなワザとらしい状況にも関わらず、幸か不幸か(はっきり言って『幸』だろう)荒生田は鈍感なので、今の裕志と由香の変な素振りに気づいていない感じ。それよりも給仕係たちの中に混じっている、ひとりの見慣れない少年に興味を募{つの}らせていた。
「なんや、おまえ?」
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