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『剣遊記14』

第一章  私は見た。

     (3)

「や、やあ……二島先生……おひさしぶりです☻」

 

 何か月ぶりかの再会にも関わらず、孝治は内心、気分が引きつるような思いがした。

 

「孝治、顔がこわばっちょうばい☚」

 

 横から覗く正男の指摘も、これはこれでごもっともだった。

 

「わかるけ?」

 

 孝治は小声で、正男に返事を戻した。ついでにそっと、ささやき返した。

 

「実はぁ……今はまだええかもしれんとやけど、あのエルフん先生……名前ば二島康幸{ふたじま やすゆき}さんっちゅうとやけどぉ……こん人がいったんしゃべり出したら、地球が滅亡したかて絶対に終わらんちゃよ☠ で、いったん目ぇ付けられたら、きょうっちゅう一日は、もう終わったもんっち思うたほうがええとやけ☃」

 

「なんやそれ?」

 

 孝治の戦慄的な説明で、正男の目が丸くなっているうちだった。当の二島が、孝治たちのいるテーブルまで寄ってきた。うしろに一応、自分の教え子である真岐子を従えて。

 

 でもって孝治の恐れていた、長い挨拶が始まった。

 

「これはこれは何度も申しますんやけど、こりゃまた孝治はん、長ごう御無沙汰しちょりましたなあ☆ どないでっか? 景気のほうはどないなってまんのや? 私のほうも全国を周って仰山歌を作って歌ってまんのやが、これがなかなかええ話にはならへんもんでんなあ☻ てなわけやあらへんのやけど、実は急にこの真岐子はんや店長はんたちの顔を見とうなって、こないして九州の未来亭まで足を運ばせてもろうたわけなんでおますんや どや? 店長はんやら秘書の勝美はんらも元気に大儲けやってまっか? なんかドエロうええ景気の話でもありましたら、この私にもどうかお裾分けを願いたいもんでんなぁ それともうひとつ、どないやねん? 孝治はんは女子{おなご}はんに変わってもうて仰山月日が経ったもんやさかい、もう今の暮らしには慣れましたかいな? 私も旅の放浪中にあんさんのけったいな性転換話、伝承歌にして仰山歌わさせてもらってまんのやで そしてこれがまたけっこう、世間の皆はんに大ウケしてまんのやわあ☆☆☀

 

「うわっち!」

 

 孝治は椅子からズリこけた。

 

「あんた、おれんこつ、日本中に言いふらして周りよんねえ!」

 

 二島はケロッとした顔で応えてくれた。

 

「そうでんがな あんさんもこれで有名になりはって、けっこうええ夢見てますんやろ

 

「あ、あのねぇ〜〜♨」

 

 なんというお節介の極致。だがこのときの二島の顔と口調には、悪意はまったく感じられなかった。それどころかむしろ、(孝治から見ればよけいなお世話的な)運命的使命感に満ちあふれているようでいた。

 

「私はまあ、孝治はんの男時代はよう存じてあらへんのですが、とにかく私にはあんさんのおっしゃられるとおり、男性から女性への性転換を果たした事実を真実のモノとしましてやなぁ、日本全国にこれを伝承して周る義務と責務があると実感しておるしだいなんでございまするんや☀ その意味におかれましても起きてしまいはったこの事実を世に広め、多くの方々の興味を惹くことによって、世の中には法規や常識では決して計れん解決のでけへん珍事が仰山存在しうることを改めて世の中に実感させるのも、私のひとつの行動規範にするべきと心得るしだいでございまんがな☆ いやあ、これはまさに吟遊詩人生活五十年以上……実は私もよう覚えておらへんのですが、とにかく冥利と誉れに尽きまんなぁ☺☕

 

「ぷぷぅっ

 

 そばで聞いている正男が、思わずの感じで吹き出してくれた。二島の長広舌も大概であるが、こいつ自身もけっこうおしゃべりの性癖がある事実は承知のとおり。そのためか正男には、ある程度の長話に対する耐性が、どうやら出来上がっているようだ。

 

「へぇ〜〜、けっこうおもろいおっちゃんじゃん☻ じゃあ、おれのさっきの土産話も、好奇心丸出しで聞いてくれそうっちゃねぇ✌」

 

「おや、このお方は?」

 

 孝治にとっては幸いで、二島が正男に顔を向けてくれた。正男は早速、二島に挨拶を返した。

 

「初めまして、こん未来亭で盗賊ばやっちょう枝光正男っちゅうもんです✌ 実はさっきからこの孝治に、この九州の南部で起こっちょう事件について、ちょっとばかし話ばしよったんですけどね☻」

 

「ほほう、九州の南のほうでっか☞ いったいなにが起こってまんのかいな?」

 

 このあとは正男のセリフどおりの展開だった。誰でもわかりやすいような話の成り行きで、吟遊詩人が盗賊の土産話とやらに、興味を示してくれた。

 

 ここで正男は、先ほどまで孝治相手に話していた噂を、今度は二島に矛先を変えて繰り返した。


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