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『剣遊記14』

第一章  私は見た。

     (1)

 ここ九州にて最近、不穏な噂が、巷{ちまた}や町中に氾濫していた。

 

「知っとうや? 南の鹿児島じゃ近頃、でたんデカかモンスターの出る湖があるらしいばい

 

 話の始まりは、だいたいこのような感じ。誰が一番に言い出したかはわからないが、噂の内容は、ほとんど共通していた。

 

「鹿児島の南の端っこに、池田湖{いけだこ}っちゅう湖があるのは誰でも知っとうやろうけど、実はそこで最近、得体の知れんデッカいモンスターが出るっちゅう話ばい♐ 目撃者かて、もう何十人もおるらしかよ☞」

 

「モンスターけぇ〜〜☻」

 

 未来亭で勤める戦士、鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}の耳にその話が入った時刻は、いつもどおりで暇を持て余していた、お昼過ぎでの出来事。

 

 場所は未来亭一階の酒場兼食堂。きょうはたまたまではあるが、孝治ひとりで昼食を取っていた。

 

 そんなところへ話を持ってきた者は、同じ未来亭専属、盗賊業の枝光正男{えだみつ まさお}。なんでも南の方面に仕事で遠征をして、それがようやく終了。本日北九州に戻ってきたという。

 

「で、それってどげな格好ばしちょうとね?」

 

 まずは話を持ち込んだ者への礼儀。孝治は前向きな問いを返してみた。ここで一応聞き耳を立てる姿勢を見せなければ、せっかく良い土産話を持ってきてくれた者に対する非礼となるからだ。

 

 もちろんそこは、元来おしゃべりが大好きな正男である。すぐに派手なポーズ(両手を左右に大袈裟に振り回す)を頼みもしないうちから決めつつ、かなりオーバー気味かつ脚色的に話を進めてくれた。

 

「おうよ! なんでもそいつは湖から時々姿ば見せて、月に向かって吠えようっちゅう話ばい☛ なんや二本足のドラゴン{竜}みたいっとか言うて、両手が異様に長かったっち、目撃者は口ばそろえて言いよっとやけどねぇ✍」

 

「月に向かって吠えるドラゴンねぇ……それって狼🐺とちゃうんけ?」

 

「おれは月に向かって吠えたことなんち、いっちょもなかばい♨ いったい誰が、そげな狼のイメージば造ったとや!」

 

 正男は盗賊であるのと同時に、生粋のワーウルフ{狼人間}でもある。その誇りの高さもあってか、孝治のからかい気味なツッコミに、大真面目で猛然と喰ってかかってきた。

 

(うわっち! ヤバか☠)

 

 今の声は口からは出さず、孝治もこれ以上のツッコミはヤメ。話を可及的速やかに本題へと戻した。

 

「と、とにかく、正体不明のUMA{未確認動物}っちゅうことやね☻ これはチャンスがあったら、このおれもぜひ見てみたいもんやねぇ✍」

 

「ああ、また鹿児島まで仕事に出ることがあったら、孝治ば誘ってもええっちゃけ

 

 話さえ聞いてもらえば簡単に機嫌を直す性分の正男が、飲みかけであるコーヒーを、グイッとひと飲みにした。

 

「鹿児島けぇ……☁」

 

 このモンスター騒ぎと直接の関係はなさそうだが、孝治は『鹿児島』という場所に、なんとなくの苦手感を胸に抱いていた。なにしろ同じ九州の島内にありながら、北部と南部の国境は、日本一砦での通行審査が厳しいことで有名なのだから。

 

 もちろん孝治も戦士の職業柄、仕事で何回か訪問をした経験があった。だけどそのたびに砦の役人から、嫌な思いを受けた記憶ばかりが残っていた。

 

 『服ば脱げ☠』と言われたり、財布の中までチェックをされたり――とまあ、このような思いで、孝治もこれ以上深追いをしないまま、UMA話はこれにて終了。実際に怪物の出現話など、巷でよくありふれているタイプの冒険談であるからだ。

 

 あまり金儲けになりそうもないし。

 

 だが、このような話がある種特別な人の耳に入れば、それはたちまち只事では済まなくなる。この成り行きがまた、この世の常でもあるのだ。

 

 孝治はこのあと、そのような話の展開を、改めて身をもって知る事態と相成った。


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