『剣遊記13』 第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。 (25) 「うわっち?」
孝治は思わずで、空の上に目線を変えた。
案の定だった。
「うわっち!」
あの見覚えのあり過ぎな葉巻型の金色飛行船――銀星号が、未来亭の上空に再び飛来しているではないか。
「きゃっ! あれって若戸さんの再登場っちゃよ!」
友美が上空を右手で指差し、大声で叫んでくれた。
「わかっとうっちゃよ♋」
孝治にしてみれば、今さら言うまでもなかった。すぐに飛行船から、巨大な音声が再度轟いてきたからだ。
「美奈子さぁーーん! あの日も言ったとおり、僕は決してあきらめたわけではありましぇーん! 僕は死にましぇんからいっちょ前の男になって、あなたの前に再び現われ直したいっち思いようとですよぉーーっ!」
恐らく船内の放送室から、最大限のボリュームで呼び掛けているのだろう。下々から聞けば、大いに迷惑な話であるが。
ついでに申せば、もう美奈子たちは未来亭にはいないのだ。その辺の事情が若戸氏には、まったく伝わっていないようだ。
「若ぁーーっ! わたくしにもセリフをくだされぇーーっ! このほうがこの私にとって、世にもくやしい話でございますぅーーっ!」
当然執事の星和氏も便乗していた。大音声の中に、独特な口調が混じり込んでいるので。
やがて未来亭の店内から、由香たち給仕係の面々が、両方の耳を両手でふさぎながらで飛び出してきた。
「きゃっ! なにこん大きな音はぁ!」
「あればい!」
真岐子もトンボメガネをかけ直し、左手で上空の飛行船を指差した。
見れば彼女たち給仕係だけではなく、お客さん一同も店から飛び出していた。
ついでに孝治は、二階の窓に瞳を向けてみた。
「思ったとおりっちゃねぇ☝」
店長の黒崎が笑顔で、窓から身を出して飛行船を眺めていた。また小さいながらも秘書の勝美が、やはり両手で両耳を押さえている様子も、孝治にはよく見えていた。
孝治は友美と涼子相手にささやいてやった。
「若戸さん、あれだけのバイタリティが充分にあるとやけ、またいつの日か絶対、美奈子さんの前にリベンジするっちゃね☞ おれはこれに、全財産賭けてもええっち思うぐらいっちゃよ☺」
友美がコクリとうなずいてくれた。
「わたしも賛成♡ でも賭けるんやったら、今晩の晩飯くらいにしとくっちゃよ☻」
さらに涼子までが言ってくれた。よけいなひと言を。
『賭けるっちゅうたかて、孝治の全財産っち、雀の涙ほどの貯金しかなかばいねぇ☻ どうせやったら女の操{みさお}ば賭けたらええんとちゃう?☻』
孝治はギャフンとされた気持ちで言い返した。反撃にもなんにもなっていないのだけど。
「しゃーーしぃーーったい! おれの操はずえったいに誰にも渡さんのやけぇ!」
『でも、孝治の操ば狙っちょうのって、けっこう世の中のおるけねぇ☻』
「それもそうっちゃね☺」
さらに続く大音響の中、それでもふたり(友美と涼子)のくすくすだけは、しっかりと耳に入る孝治であった――とさ。
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