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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (7)

 荒生田が怪しい男を仕留めた事態で、秀正や可奈たちも、松の木の周囲に集まった。

 

「先輩、こいつ何モンでしょうかねぇ?」

 

 勢い込んで尋ねる秀正に、荒生田が余裕の笑みで応じていた。

 

「オレが答えるまでもなかっちゃろ✌ 心当たりなら秀正、おまえ……やなか、律子んほうがくわしいとちゃうんか?」

 

「わたし……知っとうと! こん人ん顔ば!」

 

 まさに荒生田に応じるかのごとくだった。律子が男の顔を、右手で指差した。

 

 右肩に短剣を投げつけられた男であったが、今はその剣も抜かれ、友美の治癒魔術で傷も回復していた。ただし抵抗ができないよう、厳重に縄で上半身を縛っていた。

 

 男の服装は、どこにでも見かけるような、ふつうの商人風。だからこそ怪しさ度百パーセントなのだが、そんな男が木の上から一行を見張っていたともなれば、これはもう決定的なる敵役の要素と言えるのかも。

 

 それでも男は最初、自分を仕留めてくれた荒生田に、もろ憎しみの目を向けていた。ところが律子が前に出ると、その表情を苦虫を噛み潰したような感じへと変貌させた。

 

「知っちょうやてぇ! じゃあ、こいつもまさか!」

 

 夫の秀正が驚き顔でまくし立てた。すると律子が記憶の片鱗をまさぐるかのようにいったん瞳を閉じ、それから孝治ら全員の疑問に答えた。

 

「……有混事が北九州市衛兵隊直属の魔術師やったときから、そいつの一番の子飼いやった、桐都下{ぎりとか}って男ばい✊ いつも親分といっしょんなって、わたしに嫌がらせばっかしちょったから、よう覚えちょうと……☠」

 

「そうけぇ♡ 話がわかりやすうて助かるっちゃねぇ♡」

 

 荒生田がここで、早速の舌舐めずりをやらかした。

 

「で、そん有混事さんとやらの命令で、オレたちの動きば見張っちょったっちゅうわけっちゃね♡ 大方秀正んちに脅迫状ば届けたんも、きっとこいつやろうけねぇ♥」

 

 誰もそこまでは断定していなかった。しかし『ぎくっ♋』の顔付きとなった桐都下の様が、見事に荒生田の妄言(?)の信ぴょう性を裏付けていた。

 

「まだひと言もしゃべらんうちから、ここまでおのれの正体ばわからせてくれるっちゃけ、この桐都下って人、大した三流間者ばいねぇ☠」

 

 孝治はむしろ『情けなかぁ〜〜☠』の気分で、友美と涼子相手にそっとささやいた。それから先ほど、要らぬ説教を荒生田から喰らった腹いせ。

 

「で、先輩、こん桐都下って人、どげんします?」

 

 今度は逆にウキウキとした気分になって、孝治は荒生田に訊いてみた。これはまた、絶好のうさ晴らしの機会到来である。無論荒生田も、これまた嬉々とした顔になっていた。

 

「もちろん知っちょうことば、全部白状させるったい♡ 相手が相手やけ、多少非人道的手段ば使ってもやね♡」

 

「そう言うことなら、このあたしに任せてほしいずら♡」

 

 ここでなぜだか、可奈までがしゃしゃり出た。

 

「うわっち? いったいどげんしたと?」

 

 すぐに孝治は物珍しい気持ちになって、可奈に顔を向けた。すると彼女も荒生田と同じように舌舐めずりの真っ最中でいた。

 

「白状させる方法だったら、あたしげいもないくらい知っとうだにぃ♡ さけぇ、ここはあたしにやらせてほしいずらぁ♡♡」

 

「ゆおーーっし! やれやれぃ♡」

 

 荒生田に可奈を止める理由などなし。その代わりでもないのだが、孝治は少しだけ、ウキウキから心配な気持ちに、心境が変わってきた。

 

「ほんなこつ大丈夫やろっか……☁」

 

 ただしこの心配は、ちゃんと白状させられるかどうかの杞憂ではない。

 

「やり過ぎてしもうたら、人権団体からクレームがくるっちゃけねぇ……☂」


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