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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (5)

 山口県を無事に通過して、早くもここは広島県。対岸に安芸{あき}の宮島を眺められる海岸沿いの道すがら。荒生田はなぜか、必要以上と思えるほど、孝治にピッタリと身を寄せていた。

 

「先輩……ちょっと暑苦しいとですけどぉ……☠」

 

 もちろん孝治は文句を欠かさなかった。だけどこれまたもちろん、荒生田はシレッとしたものだった。

 

「そげんカリカリせんかてよかろうも♡ オレはすべての女性ば守る男の責務ば果たしようだけやけね♡」

 

「女性やったら……おれの他にもおるでしょうが☠」

 

「他にけ?」

 

 憮然とした思いである孝治に言われ、荒生田が一行の顔ぶれを、改めて見回した。

 

 律子は祭子を背中でおんぶしている秀正といっしょにいるし、可奈はカモシカ姿の美香とともに、うしろから仲良くついてきていた。こんな場合であれば荒生田は、新顔である可奈と美香にチョッカイをかけそうなもの。だけど今回は、例外のようだった。なぜなら出発前、美香から喰らった強烈なる急所への一発が、いまだにトラウマとなっているようなのだ。また可奈からも、実は手痛い成敗を頂いていた。

 

「ほっぺたの痛みが、まだ疼{うず}いとんやろうねぇ……☠」

 

 自分の記憶にも生々しい出来事を、孝治は無意識的につぶやいた。それは荒生田が岩国市の宿屋にて、可奈と美香の部屋に無断で這{よば}いをしようとして忍び込み、結果、魔術師の彼女から強烈――猛烈な平手打ちを喰らったのだ(もはや魔術は関係なし)。さらに美香は、寝ているときもカモシカのままだった。なので再び後ろ脚での強烈なる蹴りを、やはり再び急所にお見舞いされたらしい。早い話が、学習能力ゼロ。

 

 さすがに可奈のムショ経験は伊達ではないし、美香の野生児っぷり(?)も見事なモノといえた。

 

 以来――と言っても昨夜であるのだが、可奈は荒生田が近づくだけでもきつい目線でギロッとにらむようになり、美香も警戒心丸出しで、角を立てる勇猛ぶりを発揮した。

 

 まあ、荒生田の自業自得と言えないこともないけれど。

 

「で……チョッカイばかける相手を、再びおれに戻したっちゅうわけですね☠」

 

 無論孝治はトゲだらけの言葉を、荒生田に贈り返してやった。しかしこれに、荒生田は怯む様子もなし。今度は自分の目線を、孝治の頭上に広がる松の木へと向けた。

 

「そうっちゃ♡ あげな連中から守るためにやねぇ……ゆおーーっしっ!」

 

 荒生田が早業で投げた短剣が、ビュッと目にも止まらぬスピードになって、松の樹幹の間に飛び込んでいった。


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