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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (4)

 北九州市から岡山県へと向かうには、大まかに言ってルートが二通りあった。

 

 ひとつ目は最もふつうに、山陽道を進む方法。またふたつ目は、少々道がけわしいのだが、中国山地の中を東に縦断する方法であった。そんな理由で関門海峡を越えた一行は、下関市の分岐点にて、どちらのルートを選ぶかで話し合っていた。

 

「どこで有混事の手が伸びちょんのかわからんのやけ、ここは多少手間がかかったって、中国山地越えばしたほうがええばい✐」

 

「そうっちゃね✑」

 

 地図を開く秀正の意見に、孝治たちは初め、肯定的な感じでいた。

 

 孝治も秀正に付け加えた。

 

「赤ちゃんば連れてしんどいとこもあるっちゃけど、そこはみんなでカバーすればええことっちゃね☺ ついでに言えば、長野の山国育ちである可奈さんと美香ちゃんもおるとやけ♡」

 

「ついでにって言うのは気に入らんけど、山国育ちは否定せんずら☹ さけぇ、その点はあたしも異論はないずらよ♠♣」

 

 少々立腹させたようだが、可奈もここでは、孝治に同意をしてくれた。また可奈の右横ではカモシカの美香が、コクリとうなずいていた。当たり前の話ではあるが、動物に変身中で人語がしゃべれなくても、ライカンスロープは人の言葉が理解できるのだ。ところがこれに、反対意見がひとり。

 

「山ん中のなんもねえ道なんか通れんばい! 旅の楽しみは途中で寄り道する宿場町の歓楽街やろうがぁ♡」

 

 例のごとく、荒生田のわがままが始まった。このため意見がふたつ――とは言っても、七対一(涼子を勝手に含み、祭子ちゃんは入らず)の絶対差であった。しかしここは、先輩の絶対的権力がものを言った。

 

「そやけど先輩、今回大っぴらに街道ば歩いたりしたら敵の間者に見つかってもうて、有混事とやらに報告されちゃうかもしれんとですよ☠ そげんこつなったらもう、元も子もなかとですから……☠」

 

 孝治はなんとかして説得を試みたのだが、恐らく後輩を自分の子分だと考えている荒生田は、まったく聞き入れてくれなかった。

 

「アホくさっ! 敵の間者くれえ、こんオレが真っ先に見つけて片付けて、ほんとの患者にしてやりゃ済むっちゃろうが! てめえら後輩のくせして、こんオレの言うことが聞けんっちゅうとねぇ!」

 

「いえ……そげんつもりは……なかです……☠」

 

 サングラスの奥で光る三白眼から本気でギロリとにらまれたら、もはや孝治もビビッて萎縮するだけ。こりゃおれじゃあ駄目っちゃね――と実感。そこでここでも助けを求める気持ちで(どうせ秀正じゃあ、自分と同類だし)、孝治は可奈に顔を向けてみた。

 

「ねえ、可奈さんはどげんする?」

 

 早い話が責任の押し付け。だけど孝治の思惑は今回の場合、物の見事に大外れとなった。

 

「あたしならどっちでもええずら⚢ どうせこの辺の地理は、おめさんたちほどよう知らんだにぃ⛔」

 

 彼女自身の意見など、初めっから無いも同然だったのだ。逆に荒生田は女性の意見ならば絶対的に尊重する主義なので(孝治は元男性の女性であるうえ、自分の後輩だから、言うことを聞かない――ああ、ややこしい!――だから除外)、可奈が反論すればなんとかなると考えたのだが、これではもろに藪蛇の結果である。

 

「ゆおーーっし! 話は決まった! こっちん方向、山陽道ば行くっちゃねぇーーっ♡」

 

 こうなればもはや誰も、変態戦士を止められなかった。

 

「ほんなこつ大丈夫やろっか? でたん人目が多か山陽道ば選んでからぁ……☁」

 

 友美が不安そうにして孝治の左耳にささやくが、これに返せる言葉は、もうこれしかなかった。

 

「しょうがなかっちゃよ☻ いつだって先輩は自分中心なお人なんやけ♠ こげんなったらいざってとき、先輩に全責任ば取ってもらうっちゃけね……もっとも今まで、一回も責任取ったことねえ人なんやけどねぇ……☠」


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