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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (21)

 この、あまりにも無残としか思えない律子の変わりようを瞳にして、孝治の胸に、さらなる怒りが込み上がった。

 

「……ずえったい許さんばい! こげんなったら呪いば解かすだけやなか! 有混事とやらの首ばブッた斬って、三杯酢にして食っちゃるけねぇ!」

 

 ところが髪を逆立てる思いで憤慨している孝治に向かって――だった。当の薔薇の花――律子が自分の葉っぱをガサガサと揺らし、さらにつるを伸ばして、止めに入るような仕草(?)をしてくれた。

 

「ちょい待ち!」

 

 葉っぱとつるを前後左右に動かす動作が、まさにその言葉を表現していた。

 

「ちょい待ちって……まだなんかあると?」

 

 その仕草を変に感じる思いの孝治に、律子が言ってくれた。

 

「孝治くん、誤解んないよう言うておくばってん、わたしは薔薇にされたことが腹立つなんち、ちいとも思うてなかとよ✋ それよか、子供んころからの夢がある意味叶うたわけなんやけ、実はとってもうれしいと♡♡ 自分自身が薔薇になりたかったぁ〜〜って夢がね♡♡♡

 

「うわっち?」

 

 孝治は下アゴがガクンと外れ、そのまま地面にまで落っこちたような気になった。この思いはどうやら、友美と涼子も同じような感じでいた。さすがにアゴまで落ちてはいないが。

 

「どげん意味ね? それって……☁」

 

 孝治よりも早く我を取り戻している友美が、薔薇の花――律子に問いかけた。この体のいったいどこが、耳だか口だか、まったくわからなかった。だけど、とりあえず会話が成立する点だけは、一応有り難いとさえいえた。

 

「だってぇ……☻」

 

 それから少し身――樹間を縮めてためらうような仕草(?)を見せながら、律子が友美に返答した。

 

「わたしって……小さか子供んころから薔薇ん花が大好きやったし……それにこの能力、どげな遠くからでも体からつるば伸ばして取ったりなんかもできるとやし、野蛮な男から襲われたかて、体のトゲで撃退できるんやけ♡ そげなもんやけ、今さらなんか、呪いば解くんがもったいないような気までしちょうとよ☆」

 

「…………⚠」

 

 孝治の下アゴは、いまだ地面に落ちたまま。代わりに友美が質問を続行してくれた。

 

「それやったらなして、孝治に相談ばしようっちしたわけ? まあ、わたしはおまけでついて来ただけっちゃけど……律子ちゃんがなん考えよんのか、わたしまでいっちょもわからんようになってきたっちゃよ☃」

 

「ごめんなさいね♡ 結果的に思わせぶりんこつしてしもうて♡ やけん、次がほんなこつ、わたしが言いたか話ばい☆」

 

 などと、体全体をゆさゆさと揺さぶり、おまけに葉っぱの何枚かを、手と手のシワを合わせるようにする動作。これで律子は謝っているつもりらしい。それでも孝治から見れば、薔薇から発せられている口調に謝意と言えるモノを、まるで感じる思いになれなかった。

 

「いったい……ほんなこつなんが言いたいっちゃろうねぇ?」


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