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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (20)

 それこそ瞬く間であった。緑のつると葉っぱが律子の全身を覆い尽くし、さらに花までがパッパッと開花の状態となった。

 

 ひとりの人間だった存在が、赤や黄色(紫も少数あり)の花が咲き乱れる薔薇の群体へと変わり果てるまで、ほんのわずかの時間さえ必要とはしなかったのだ。

 

「……そ、それって……♋」

 

「こげんこと……☢」

 

 衝撃のあまり、孝治は思わず口ごもった。しかし薔薇の花から発せられた声には、にごりと言える要素が、まったくなかった。それも人間でいたときの、律子の発声そのままで。

 

「これがわたしが孝治くんに言いたかったことばいね✍ 呪いんせいで、わたしは自分の体ば、丸ごと薔薇に変えられるようになったとよ☘ やけん孝治くんかて、魔術で男から女に変わったとやけ、きっとわたしんこつわかってもらえるっち思うて、孝治くんには……それと友美ちゃんにも思いきって見せるようにしたと☛」

 

 いったい、薔薇の花のどこに人間の声帯が残っているのか。これも高度な呪術が為せる技であろう。とにかく薔薇であろうとなんであろうと、彼女が律子である事実だけは、一切変わりがないようだ。しかも薔薇のつるがくねくねと地面でうねり、まるで蛇の胴体かタコの触手を連想させる行動ぶり。しかし動いている物は間違いなく、緑色の植物なのだ。

 

「ちょっと……見てよか?」

 

 孝治は水から上がって、律子の薔薇にそっと近づいてみた。あとで友美から注意をされたのだが、そのとき孝治は自分の素っ裸を、完全に忘れていたと言う。

 

 それは置く。とにかく今の律子はちょっと目には、少し大きめだがふつうの赤や黄色の花を咲かせた、薔薇の樹木にしか見えなかった。ただし、大地には根付いていないようで、代わりにつると根っこが手足となって、地上を自由に移動できるようになっていた。これではまさに――面と向かって称したら気を悪くするであろうが――プラント・モンスター{植物系怪物――またはビ○ラ○テ}としか、他に言いようがなかった。


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