『剣遊記]』 第三章 渡る世間は敵ばかり。 (19) 友美はともかく涼子のほうは、律子の意外な登場ぶりに、瞳を丸くしていた。
『こりゃあたしの想像以上やったばいねぇ……☁』
「勘違いするんやなかばい、孝治くん……⛔✋」
そんな三人(しつこい注 律子には涼子は見えない)を前にして、律子の声音は真に凛としたものでいた。
「わたしはヒデの妻なんやけ、たとえ親友っちゅうたかて、わたしの裸ば見せたりせんばい☠」
「おれと友美のヌードば見たくせにやねぇ♨」
孝治のツッコミを、律子は無視した。
「それよか別んことで、孝治くんだけにどげんかしたかて見せたかもんがあると★」
「おれに見せたかもん?」
改めて孝治は、律子に瞳を向けた。
自分たちのほうが全裸の状態なのは、この際棚上げ。それよりも律子が、なにか特別な覚悟をしているらしいことだけは、孝治の胸までバンバンと伝わっていた。
「そう、そげん恥ずかしがらんで、わたしば見てほしかと……✑」
「見られて恥ずかしいっちゅうんは、おれたちんほうなんやけどぉ……☃」
孝治はやはり、顔面真っ赤の思いだった。それに水着姿とはいえ、半裸の律子を正面から見つめることに、孝治はどうしてもためらいを感じていた。その理由のひとつは孝治の脳裏に秀正の怒り狂った形相が、これまたバンバンと浮かんでくるからだ。そこへ友美から、強引に左の耳を引っ張られた。
「律子ちゃん、なんかとっても真剣みたいっちゃよ✄ やけん孝治も目ばそらさんで見らんといけんちゃよ❤」
「うわっち! 痛ててててっ! わ、わかったっちゃよ!」
水浴中であるにも関わらず、もはや孝治は冷や汗たらたら。仕方なくここで覚悟を決め(どんな覚悟?)、恐る恐るの心境で、律子に瞳を向け直した。その律子は、孝治と友美に背中を向けていた。
「……うわっち!」
律子の背中一面に、赤い薔薇の入れ墨が浮かんでいる話は、孝治もすでに、秀正から聞かされていた。しかし、その入れ墨をまさか、正面から見せられる破目になるだろうとは。まったく思いもしていなかった。それもまさか、律子の背中一面を完全覆い尽くすほどの、巨大な赤い薔薇の花が。
「それが有混事って野郎が……律子ちゃんにかけた呪いけぇ……ったく、ひでえもんちゃねぇ……♨」
孝治の受けた衝撃は、それなりに大きなモノだった。そのため逆に、在り来たりの言葉しか、律子に返せなかった。このあと孝治はひと呼吸置いてから、あえて軽い口調で律子を元気付けしようとした。
「……で、でも、有混事って野郎ばとっちめて呪いば解除させたら、その薔薇かて消えるとやろ? それやったらそげん悩まんでもよかっちゃよ♡」
しかし律子は、頭を横に振った。
「いえ……そげんやなかと☁ わたしが言いたかことには続きがあるとよ☁」
「続き……?」
そのいかにも思わせぶりな律子のセリフに、訝{いぶか}る気持ちとなった孝治と友美と涼子が見守る前だった。律子の体に、変化の兆しが始まった。
「うわっち!」
それはビキニ姿をしている律子の素肌のあちらこちらから、突然シュルルルルルルルルと植物のつるが伸び出したのだ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |