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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (2)

「ゆおーーっし! 孝治、待たせたっちゃねぇ♡」

 

 この神妙なるときになって、おちゃらけ顔をした荒生田が、のこのこと未来亭の正面出入り口に参上した。

 

 革鎧姿はいつもの定番装備であるが、顔色がほんのりと赤く見える状態。これは明らかに、きょうの朝出発を承知のうえで昨夜にまた、はしご酒を強行したのであろう。

 

「先輩……きのう飲んだとでしょう☠」

 

 つい孝治は嫌味を口にするが、これくらいの文句タラタラなど荒生田は、まったく平気の平左。それどころか逆に孝治の隙を見つけ出し、電光石火の早業で尻に接触(左手で)の離れ業。

 

「うわっち!」

 

「ゆおーーっし! 冒険前の景気付けったい! 気にせんでええけんね♡♡」

 

「史上最大に気にするわい!」

 

 変態戦士の異名は、本日も絶好調。だから顔面真っ赤の思いで怒鳴る孝治には知らんぷり。荒生田が、シレッとした顔でほざいてくれた。

 

「そげん言うたら、あとふたり……椎ノ木可奈と三萩野美香とやら……魔術師のふたりがまだ来ちょらんみたいっちゃねぇ✐」

 

「そげん言うたらそうみたいですねぇ☁」

 

 友美も例のふたりが気になる様子でいた。

 

「孝治、あのふたりはそもそも何モンや?」

 

 ここで気掛かりが急に伝染したらしい。秀正がまだ来ないふたり(可奈と美香)について、孝治に尋ねた。

 

「聞いた話によれば可奈ってのは、昔はかなりのワルっち聞いたとやけどなぁ☢」

 

「う〜〜ん……☁」

 

 もちろん孝治は知っていた。きのう初めて未来亭を訪れたばかりである美香はともかく、可奈とは一度、敵として戦ったことがある相手なのだ。しかも、いかなる理由で服役していたかは聞いていないが、可奈は刑務所務めを終えたあと、関東の山中で山賊団の黒幕として君臨していた猛者でもあった。

 

 そんな可奈が孝治たちと遭遇。このとき孝治たちと同伴していた美奈子に魔術合戦で敗れ、そのまま未来亭に居着いたわけ――なのだが、このような波乱万丈な彼女の半生を、いったいどのようにして説明すれば良いものやら。

 

「……どげん言う? 友美ぃ……☂」

 

 早くも言葉に詰まった思いの孝治は、自分の左横にいる友美に、助けを乞う気で訊いてみた。

 

「ほんとんこつって……ほんなこつ言いにくかねぇ……☁」

 

 やはり事情を知っている友美も、十二分以上に困っている感じでいた。

 

『これがほんなこつ、前科モンのつらかぁ〜〜って、とこっちゃねぇ〜♠』

 

 これも毎度の定番であるが、無責任な立場で勝手につぶやく涼子のセリフが、孝治の耳に妙に深く突き刺さった。

 

「ま、まあ……可奈さんは……長野県の魔術学校ば優秀な成績で卒業したっち……そげん風に言うとこっか♣♤」

 

「そうっちゃね♔」

 

 この際大嘘でも――と、孝治と友美はふたりで示し合わせ、話を適当にごまかそうかと考えた。そこへ荒生田が割って入った。

 

「オレは人の過去なんか、ちぃとも気にせんちゃけね♡♡ それにあんふたり、けっこう美人なんやけ、それでよかっちゃろうが♡♡」

 

「うわっち! せ、先輩っ! ……そ、そうですね……」

 

 孝治は初めは驚いたものの、すぐに考えを改め直した。本筋からかなりズレちょるんやけど、これはこれでけっこうな助け舟なんかもしれんちゃねぇ――と。

 

「そ、そうっちゃよ! おれたちゃ仲間なんやけ、別に疑ってかかることなかばい! 彼女の品行方正は、このおれが保証するっちゃけ!」

 

 荒生田の尻馬に乗って、ここぞと孝治は可奈を庇い立てした。これ以上の追求を受けたら、それこそ面倒ばい――の一心で。

 

「孝治がそげん言うとやったら、おれも別によかけどな✌」

 

 秀正も一応の了解をしてくれた。ここで例により、霊の涼子が、よけいなひと言。

 

『ムショから出てもいっちょも反省せんで山賊の肩ば持つような人の、どこが品行方正っちゃね☠』

 

「うわっち! しっ!」

 

 今の小言は、誰にも聞こえていないから、これはこれで良かったようなもの。それでも孝治は涼子に向け、口元で右手人差し指を立ててやった。それからこのときになってようやくだった。今ごろ旅の準備を整え終わったのだろう。話題の中心人物である可奈が美香を伴い、未来亭の正面入り口に姿を現わした。


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