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『剣遊記]』

第三章 渡る世間は敵ばかり。

     (17)

 無論真っ先に止めに入った者は、当然ながら夫である秀正。

 

「ば、馬鹿ちん! 今は女性とはいえ、孝治が昔はヤローやったっちゅうのは、おまえかてよう知っちょろうがぁ!」

 

「そ……そんとおり……なんよねぇ……☠」

 

 青い顔をして叫びまくる秀正の背中で、孝治はしょんぼり気分になってうなずいた。

 

 ここで変な話ではあるが、孝治はいまだに、他の女性たちとの混浴には、精神が慣れていなかった(ちなみに友美と涼子には慣れた。この事実はいったい、どのように解釈をすればよろしいのだろうか?)。だが、その思いを承知しているのか、それともいないのか。なぜか律子は、一歩も引こうとはしなかった。

 

「よかと! 別に男同士女同士っちゅうわけやなか! ただ、孝治くんにはどげんしてでも話したいことがあるとやけ……やけん、今だけわたしのわがままば勘弁してくれんね☁」

 

「孝治にぃ? ま、まあ、確かに孝治は信用できるやつなんやけどぉ……そげん言うてもやねぇ……☂」

 

 自分の妻である律子から押され気味の秀正を見ながら、孝治は口に出さないようにしてつぶやいた。

 

(なんか、話がいっちょも見えんとやけど、そげな大事な話があるとやったら、なんも水浴びんときでのうてもよかろうも☁ それとも夫の秀正ば差し置いてでも、なんか重大な話があるとやろっか? 親友とは言え、赤の他人のおれに言いたかことって、いったいなんね? まあ、この期に及んで秀正がそこまで、おれんこつば信用してくれるっちゅのは、うれしいことなんやけどねぇ……☁)

 

 しかし今の時点ではいくら考えても、これ以上律子の真意はわかりそうになかった。しかしこの間にも、律子の迫力ある夫への説得努力は続いていた。

 

「でもっちゃねぇ……☁」

 

 もはやたじろぎ気味である秀正。さらに押しの一手である律子。

 

「話ばするだけやけ! お願い! わたしば信じてや!」

 

 秀正の顔には明らかに、『どこばどう信じたらよかっちゃね?』の文字が浮かんでいた。その秀正が、孝治に顔を向けた。おまけに声には、ドスまでも利かせていた。

 

「わかったっちゃ……いっしょに川ば入るんは、一億歩譲って黙認しちゃるけ……☂ だからっちゅうて、おれば裏切って律子に手ぇ出したとしたら……たとえ親友でもおまえば殺しちゃるけね……☠」

 

「ヒデくん……目がマジ……☁☂☃」

 

 孝治は愛想笑いを浮かべているつもりでいるのだが、同時に恐怖心で表情がゆがんでいる自分自身の状況も認識していた。

 

 これは幼いときからの親友である秀正の、孝治も初めて拝見をする、実に恐ろしい負の一面とも言えるもの――あるいは本性なのかもしれない。


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